「自立とは依存先を増やすことである」――。そう提唱し、自立の概念を問い直してきた熊谷晋一郎先生(東京大学先端科学技術研究センター教授)。未来の予測が困難な時代、若者たちはどう進路を描き、他者とつながればよいのでしょうか。脳性まひによって車いす生活をしている熊谷先生が取り組まれる「当事者研究」は、その答えを導く一つの鍵となるものです。水戸英則本学理事長がお話を伺いました。
水戸 熊谷先生はもともと数学者を志しながら、東大入学後に人との関わり合いの面白さに気づき、医学の道へ進まれたそうですね。若者が進路を考える際、何が大切だと思われますか。
熊谷 社会の不確実性が増し、誰も未来を予測できない時代になりました。進路を選ぶということ自体が、非常に難しくなっていると思います。そうした中で一つの羅針盤になるのは自分自身を知ること、つまり「自己知」です。自分は何が得意で何が苦手か、どんな苦しみを抱えているかを深く知ることが、進路選択においても重要になってくると思います。
水戸 その自己知を高める方法が、先生の取り組まれている「当事者研究」ですね。
熊谷 はい。当事者研究とは、何かしら困難を抱えた当事者が、似た経験のある仲間との対話を通じて、困難の背景にあるメカニズムを探求する活動です。自分の苦手なものを特定できたら、どんどん他者を頼っていくといい。私は「自立とは依存先を増やすこと」だと提唱しています。
水戸 一般的には「他人に依存する(頼る)=迷惑をかける」と捉えられがちですが、依存先を増やすことこそが、自立につながるのですね。
熊谷 人は誰でも、物や人に依存して生きています。東日本大震災の時、私は5階の研究室で逃げ遅れました。エレベーターが止まってしまったからです。健康な人には階段やはしごなどの方法があり、つまり依存先が多い。これは人間関係にも言えることで、困ったときに頼れる相手が多いほど、自立して生きていけます。ただ、依存先を増やすことを「自己責任」にしてはいけません。依存先が少ない人に「自分で増やしてね」というのではなく、みんなが依存先を持てるにはどうすればいいか、組織で考えることが大切です。
水戸 学校や職場で、互いに支え合えるチームを作るには、どのようなことを意識したらよいのでしょうか。
熊谷 まずはリーダーが率先して自分の弱さや困りごとを語ること。謙虚なリーダーシップを取ることが大切です。そして、誰もが声を上げやすい「心理的安全性」を育みましょう。弱音を吐いたり、助けを求めたりしても批判されない文化を醸成するのです。これらは、社会の不公平な構造である「解釈的不正義」を是正する条件でもあります。

くまがや・しんいちろう 1977年生まれ。新生児仮死の後遺症で脳性まひになり、車いすを使用している。2009年東京大学大学院医学系研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。専門は小児科学、当事者研究。著書に『リハビリの夜』(医学書院、2009)、『発達障害当事者研究』(共著、医学書院、2008)、『コ・プロダクション実践ガイド』(共著、東京大学出版会、2025)ほか多数。

みと・ひでのり 1969年九州大学経済学部卒業。日本銀行入行、フランス政府留学、青森支店長、参事考査役などを歴任。2004年、二松学舎に入り、11年理事長に就任。文部科学省学校法人運営調査委員、日本私立大学協会常務理事、日本高等教育評価機構理事などを務める。
水戸 「解釈的不正義」とは聞き慣れない言葉ですね。
熊谷 社会のマジョリティー(多数派)とマイノリティー(少数派)の間にある不公平な状況のことです。社会の公共財の多くは、マジョリティーが使いやすいようにデザインされています。例えば、車いすユーザーにとって段差だらけの建物は使いにくいですよね。それと同じことが「言葉」でも起きています。かつて「産後うつ」という言葉がなかった時代、苦しむ女性は自分に起きている状況を解釈して他者に伝えることが難しく、なかなか社会の理解を得られませんでした。適切な言葉がないために、本人の状況が伝わらない。これが解釈的不正義です。
水戸 当事者の語りを丁寧に聞き取って、社会の中に組み込んでいくことが大切ですね。一方で、多くの人たちは自分と違う他者とのコミュニケーションで戸惑いがちです。どのような心構えが必要でしょうか。
熊谷 ヒントは小説や映画への「共感」にあります。自分と違う人生の登場人物に共感できるのはなぜだと思いますか? それは、過去の経験がメタファー(隠喩)として機能しているからです。ディテールは違っていても、その奥にある感情の揺れ動きや、人生の骨格となるスクリプト(筋書き)から類似点を見出します。抽象度の高いレベルで「あ、これは自分のあの時の経験と同じだ」と気づくから、他人の物語が自分のことのように感じられます。つまり、他者を理解するためには、まず自分自身の人生を深く掘り下げることが欠かせないのです。
水戸 冒頭で伺った「自己知」や当事者研究が、他者への理解にもつながるのですね。学校や社会で「何かおかしい」と違和感を抱いた時、一人で抱え込まず、仲間と話し合ってみることが第一歩になりそうです。
熊谷 仰る通りです。誰かが困りごとをオープンにすれば、そこから先は意外と早いですよ。人間は本来、他人の困りごとに応答したいという気持ちを抱いた社会的な動物ですから、きっと変化が動き出すはずです。







