學vol.73

二松学舎創立150周年特別企画Nisho Chronicle【二松クロニクル】第2回学び舎が見つめた、二松の150年

二松学舎創立150周年特別企画Nisho Chronicle【二松クロニクル】第2回学び舎が見つめた、二松の150年

さて、第2回は二松学舎の「学び舎」が主役です。明治10年の創立以来、キャンパスは時代に合わせてその姿を変えてきました。今回は、今に残る貴重な古写真とともに、明治・大正・昭和・平成・令和と歩んできた校舎の変遷を辿ります。今の姿からは想像もつかない、かつての景色をどうぞ覗いてみてください。

明治・大正

開学当時の塾舎

 本学の原点である漢学塾二松学舎は、明治10年に開学しました。開学当初は、創立者・三島中洲先生の邸内を塾舎としていましたが、同14年には塾生が300名を超えるほどの規模となり、本塾のほかに柳塾や梅塾と呼ばれる塾舎も存在した時期がありました。この時代の校舎(写真❶)は、塾生たちの寄宿舎の役割も果たしており、本塾の二階部分が居住スペースになっていたこともあったようです。

写真❶ 明治36年頃の様子

昭和

戦前と戦後、発展期の校舎

 昭和3年には、二松学舎専門学校が設立されます。写真❷を見ると、石垣に階段があり、少し高い場所に校舎が建っていることがわかります。この校舎は空襲で焼失したため、同22年に木造校舎を再建。24年に新制大学へ移行した際もその時再建した校舎を使用していました。同32年に新校舎(写真❸)が建設された後は、大学校舎に加えて、附属高校(昭和23年開校)校舎も増築されたほか、沼南分校舎の新築などが次々行われていきました。写真❹は、昭和41年に竣工し、「千代田校舎」として親しまれていた大学の校舎です。同44年には附属沼南高校(現・附属柏高校)が開校(写真❺)し、同56年には大学沼南校舎が建設(写真❻)されました。発展期の活気あふれる様子が伝わってきます。

写真❷ 昭和3年竣工 専門学校校舎

写真❸ 昭和32年竣工 新校舎

写真❹ 昭和41年竣工 大学千代田校舎(右は百周年第一記念館)

写真❺ 昭和43年竣工 附属沼南高校(現・附属柏高校)校舎

写真❻ 昭和56年竣工 大学沼南校舎(百周年事業の第二記念館として建設)

平成・令和

時代の変化に対応して

 平成以降は、科学技術の発展やグローバル化の推進等により、社会が急速に変化する時代となりました。キャンパスや校舎の構造も機能性や利便性がますます重視されるようになり、デザイン面においてもより洗練されたイメージに。大学の東京・九段集約や長期ビジョン「N’2020 Plan」を起点とするキャンパス整備計画により、九段の地に本学のキャンパスゾーンが誕生し、現在では九段6号館まで拡充されました。また、平成23年には附属柏中学校が開校。九段はもちろんのこと、千葉県・柏においても学生や生徒の笑顔に満ちたキャンパス・校舎を目指し、時代にあわせた整備を行いながら変遷を遂げています。

九段1号館

九段3号館

現在の附属高校校舎

現在の附属柏中学・高校校舎

参考文献:『二松学舎百年史』学校法人二松学舎発行/『二松学舎百十年史』学校法人二松学舎発行/『明治10年からの大学ノート』二松学舎小史編集委員会編/二松学舎大学新聞 第118号

學vol.73

広報誌 『學』アジアと世界の架け橋へ。