學vol.73

特集:食料がつなぐ、世界とわたしたちの平和

特集:食料がつなぐ、世界とわたしたちの平和

近年、インターネットの発達により、物理的にも心理的にも世界を「近く」感じられるようになりましたが、貧困や紛争などの課題を抱え、支援を必要とする国や地域が、世界にはいまだ数多くあることを、皆さんはどのくらい知っていますか。日本は、1954年に開発途上国に対する政府開発援助(Official Development Assistance、以下ODA)を開始して以来、さまざまな国へ支援を実施しています。

今回の特集では、2025年に海外協力隊事業が60周年を迎えたJICA(国際協力機構)から、同機構職員で農林水産省へ出向中の田中真理子さんをゲストに迎え、改めて「国際協力」について学ぶ機会を設けました。国際政治経済学部の阿部和美専任講師による進行のもと、テーマを「食と平和」に絞ったセッションには9名の学生・生徒が参加。田中さんのお話に続き、質疑応答や意見交換が行われました。参加者全員で「食と平和」のつながり、そして国際協力について深く考えた一日の様子をレポートします。

中学生の時に初めて「国際協力」を知った

JICAの職員として、アフリカやアジア各地で農業支援に携わってきた田中真理子さん。取材時にはまず、田中さんのこれまでの歩みについてお話しいただきました。

 私がJICAを知ったのは中学2年生の時でした。JICAの職員が学校に来て青年海外協力隊について話をしてくれ、初めて国際協力の世界に触れました。それ以来、国際協力にずっと関心を持ち続けていたのです。人間が生きるうえで欠かせないのが「衣・食・住」ですが、私にとって特に関心があったのが「食」でした。大学で農業経済学を学び、卒業した2016年にJICAに入構しました。

ウガンダでの稲作振興

 JICAに入って、最初に海外研修として3か月派遣されたのがアフリカのウガンダです。アフリカでは徐々にお米が食べられるようになっており、ウガンダではお米は農家の方が現金収入を得られる重要な作物になっていました。農家の収入向上のためにもJICAは長年ウガンダで稲作振興に取り組んでいます。

 ある農家に行く機会があったのですが、その農家では稲を植える際に、バラバラな品種を田んぼに投げて蒔いていました。日本のように列になって植えられていないため、雑草がとりづらく、育った稲の高さも不均等で、一気に刈り取ることができていませんでした。米を効率的に収穫するには、どんな品種を植えるのかから始めて、いろいろな改善が必要でした。JICAはアフリカでは10年間で米の生産の倍増を目指して、ウガンダでは農業研究所等と一緒に品種改良や農業技術指導等に取り組んでいます。日本人の栽培の専門家が現地に行き、直接栽培の技術を指導しています。

さまざまな国際機関との協働

 ウガンダでのプロジェクトに携わった後は、東・中央アジアのタジキスタン、トルクメニスタンの開発協力を担当しました。次にブータンに3年間駐在して、農業支援のほか、インフラ整備のための資金協力などを手がけました。そして現在は農林水産省の国際戦略グループに出向して、さまざまな国際機関と協働しています。具体的には、日本はFAOなどの国際機関に拠出しているのですが、日本がFAOに期待することが実施されるように、FAOの理事会等の場で発言し、各国代表と話し合っています。

※JICAは、ODA(政府開発援助)による開発途上国への技術支援や資金協力、青年海外協力隊の派遣などを行う公的な専門機関。

もしも貿易が止まったら、日本の食生活はどうなる?

阿部 ここからは学生・生徒の皆さんから事前にもらった質問について、一緒に考えていきましょう。一つ目は「もしも貿易がなくなったら、日本の食生活はどう変わりますか?」という質問です。

田中 日本の食料は多くが輸入に頼っていることを皆さんも知っていると思います。「JICA地球ひろば」(東京・市谷)では、もしも外国からの輸入が止まってしまった場合に、日本の食卓がどうなるか、一日の献立を展示しています。
日本は、お米の自給率は98%ですが、大豆など普段の食卓にのぼる食料のかなりの割合を輸入しています。家畜の飼料や野菜の肥料も輸入が多いので、貿易が止まると毎日食べられるのはご飯とイモ類、ちょっとした野菜ぐらい。卵は7日に1個、肉は9日に1食しか食べられず、質素な食事になると考えられています。

阿部 貿易が止まると、輸入する日本に影響が出るのはもちろん、輸出する国も外貨が獲得できなくなり、経済的な問題が出てきますよね。

田中 その通りです。例えば日本はゴマも98%が輸入ですが、仮に貿易が止まれば輸出国側の生産者も困ります。

阿部 私たちが今までと同じような食事をしたいと思ったら、外国の生産者が十分に生活できるようにすることが重要ですし、そこまで考えることが、輸入によって豊かな食生活を享受している国側の責任でもあるのですね。

フェアトレードのお金の流れを知りたい

田中 フェアトレードに関する質問をいくつかいただきました。
「フェアトレードのコーヒー豆は他の商品よりも高いものが多いですが、お金の流れはどうなっているのですか?」とのことですが、その答えは「ビジネスと人権」、それから「持続可能性」の問題と深く関係しています。
なぜフェアトレード商品が高いのかというと、作っている地域や生産者に〝適正な対価〟を直接支払っているからです。生産者から消費者に商品が届くまでにはさまざまな過程を経ますが、その過程で、立場の弱い生産者への対価が不当に低く抑えられ、貧しい暮らしを余儀なくされていることもあります。また、生産性を上げるため、必要以上の農薬が使われて生産者の健康に害を及ぼしたり、環境が破壊されたりという事態が起こっています。こうした状態ですと、生産者にも環境にも負担がかかり、生産を続けられなくなる可能性があります。
持続可能、つまり生産者がその作物を作り続けられるようになるためにも、適正な価格で取引して、生産者の生活と権利を守ることは重要です。

阿部 搾取があると、持続可能性という面でも無理が生じますよね。

田中 今はビジネスと人権や持続可能性に目を向ける企業が多くなっています。私が携わっているプロジェクトでは、国際機関IFADが食品メーカーや商社とタンザニアのコーヒー生産者を繋ぎ、環境に優しい農法で作ることができるように、コンポストの作り方などを教えています。コーヒー農家さんたちが環境に優しい商品を作れるようにしたうえで、コーヒー豆などの農産物を調達しています。環境負荷の少ないオーガニックのものは付加価値がありますから、生産者の収入を増やしながら、環境を守ることもできます。そうした取り組みが始まってきています。

阿部 現時点では、フェアトレード商品は高いと思うかもしれません。でも、生産者が豊かになればいずれフェアトレードは不要になり、値段が落ち着いてくる可能性もあります。先ほどの貿易の話もそうですが、自分たちの日々の暮らしが、どこの誰に支えられているのか、食べているものがどのような流通経路で手元に届いているのかを知ることはとても重要です。ぜひ、広い視野で「食」を考えてみてほしいなと思います。

田中真理子(たなか・まりこ)2016年、大学農学部卒業後、 JICAに入構。農村開発部でアフリカの稲作振興事業を担当。その後タジキスタン、トルクメニスタン国を担当、JICAブータン事務所の事業統括などを経て、25年から農林水産省輸出・国際局国際戦略グループに出向。国際連合のFAO(国連食糧農業機関)、WFP(世界食糧計画)、IFAD(国際農業開発基金)などを担当している。

食料がきっかけの戦争ってあるの?

阿部 次の質問は「食料がきっかけで引き起こされている戦争や紛争はありますか」。これは今の時代、非常に重要な質問ですね。
戦争には色々な理由が絡み合っているので、「食料が原因です」と言い切ることは難しいのですが、食料不足が戦争に影響を与えていることは少なくありません。例えば、内戦が続いている国では国民が食料を確保できず、「自分も家族も飢えてしまうから兵士になった」という人がいます。戦争の原因というと「宗教対立」「民族対立」などと単純化されがちですが、生活のために戦地に行かざるを得ない人たちもいるのです。
もしも、そうした人たちが飢えや貧困に悩むことなく、自由に仕事が得られる状況だったら、避けられる戦争もあるかもしれません。ニュースなどを見るときには、そうしたケースもあることを思い出してほしいですね。

田中 阿部先生がおっしゃる通り、貧困を背景として戦争や紛争が起きている場合もありますし、最近は食料が露骨に「政治の武器」として使われるケースも出てきていると言われています。例えば、ロシアによるウクライナ侵攻では農地に地雷や不発弾が残っているため、農作物の作付け、収穫ができなくなっているところもあります。また、ウクライナは世界有数の小麦の産地ですが、ロシアの侵攻により、穀物の供給が滞ることで、中東・アフリカ地域等これまで小麦を輸入してきた国が小麦の価格高騰で困っているなど、さまざまな国に影響を与えています。

阿部 パレスチナ自治区のガザに対し、イスラエルが行っていることも深刻です。ガザは周囲を封鎖されていて、外部からの援助がないと食べていけません。国際社会からの援助物資などの出入りをイスラエルが管理しているのですが、「食べ物が欲しければ言うことを聞け」と言わんばかりに制限をかけ、食料を人々に服従させるための「道具」にしている側面があります。その結果、多くの人々が極度の飢えに苦しみ、餓死する人まで出ています。本来、命を守るための食べ物が、相手を支配するための武器として使われる。こうした光景が、ここ3~4年の間に世界各地で散見されるようになりました。

田中 農水省の職員として国際機関の理事会に出席したときも、ウクライナとガザの話は重要課題として話し合われました。
また、気候変動による食料への影響も大きな問題です。

阿部 気候変動による水不足で、作物が採れなくなったり、水を巡っての紛争が世界のあちこちで起きたりしています。世界的な調査では、2019年時点で世界人口の40%が水不足の状態にあることがわかっており、2050年には世界人口の50%が水不足になるという予測も出ています。
日本がこの50%の中に入らない保証はどこにもありません。というのも、日本も水不足が深刻になってきているからです。日常生活で水が使えず不便を感じる状態を「ウォーターストレス」と呼びますが、2040年には日本のウォーターストレスが高くなると指摘されています(図参照)。そう遠くない将来、水が政治的な駆け引きの材料にされたり、戦争に発展していったり、ということが増えてくるかもしれません。

Water Stress by Country: 2040 (国別・水ストレス予測)

ODAをすることには、どんなメリットがある?

田中 最後は「ウガンダの稲作支援のように、ODAをすることで日本にはどんなメリットがありますか」という質問についてお答えします。大きなメリットとしては、日本への信頼や好印象につながるということが挙げられます。
日本のODAは、もともとは戦後賠償がきっかけで始まりました。第二次世界大戦で日本が東南アジアの国々に多くの損害を与えたことの賠償と並行して、技術支援や資金協力をすることになったのです。ODAは、日本を信頼してもらい、日本へのイメージを変えてもらうためにやってきたということが一つあります。

阿部 税金を使ってさまざまな国を支援するのは、日本が世界で信頼を得るための重要な「外交政策」でもあります。お金も時間もかかるけれど、軍事力ではなく、信頼関係で世界に日本の友人をどんどん増やしていく。それが日本の安全を守ることにつながります。また、国連や世界会議の場で日本に賛同してくれる国が増えれば、日本にとって不利な状況を防ぐことができる側面もあります。結果的に日本の国益につながっていくのです。

田中 それに関連するエピソードで、2025年、「ウナギが食べられなくなるかもしれない」といった話題が報道で取り上げられましたよね。ワシントン条約の国際会議で、EUなどからニホンウナギを含むウナギ全種の取引を規制する案が提出されたからです。もしも、案が可決されたら、輸入は減り、日本でウナギを食べることが難しくなり、日本の食文化に大きく影響します。
そのため、農水省を挙げて案が採用されないように丁寧な働きかけを行っていました。国連機関FAOからニホンウナギなどの絶滅リスクは低いとの評価結果が出たことも追い風になったのですが、最終的に投票で提案は否決されました。投票ではアフリカの国々も規制反対に投票してくれ、日本の主張を支持してくれました。それには、日本がこれまで国際協力で信頼関係を深めてきたことも大きかったのではないかと思います。

阿部 日本の技術協力は、専門家を派遣して、現地の人の立場に立ってきめ細やかな支援をしてくれると世界的にとても評価されています。近年、ODAの規模は小さくなってきていますが、この先も質を落とさず、日本ならではの国際協力を続けていくことの価値は十分にあります。

田中 ウガンダもそうですけれど、アフリカは全体的に若い国が多く、これからどんどん成長していくことが予想されています。そこに日本企業が進出していけば、日本経済にもよい影響が期待できます。国際協力はそのための「投資」として捉えることもできると思います。
また、ODAによって治安をよくすることにも意義があります。気候変動によって土地がやせてその土地で食料が収穫できなくなると、人が住めなくなり、難民として出ていく人が増えますよね。人がいなくなったエリアにテロ組織が入り込んで拠点とすることもある。人々が生活し続けられるように支援することは、そうした事態を防ぎ、回りまわって世界の治安を守ることにもつながっていくと言えます。

阿部 田中さんがおっしゃったように、安全な世界にしていくうえでも、欲しいものや必要なものが輸入できる貿易環境を整えるためにも、貧しい国が豊かになることはとても大事なことです。ぜひ今回の話をきっかけに、一歩視野を広げて、食と平和について考えてみてください。

阿部和美(あべ・かずみ)早稲田大学社会科学研究科博士後期課程修了。博士(社会科学)。国際NGO「Asian Network for Free Elections」で国際選挙監視業務、国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)選挙支援アドバイザー、防衛省能力構築支援事業担当官などを経て現職。専門は、国際協力論、平和構築論、東南アジア研究。

私が思う、食と平和

田中さんの国際協力の話、阿部先生の「食と平和」との関係性の話を聞いてどのように感じたか、参加した学生・生徒の皆さんが語りました。

「消費者側の選択と責任」という言葉がズッシリと響きました。買う行為には、作っている人たちの生活への責任が大きく伴っています。そこを考えて買うようにしていきたいです。

国際協力で信頼関係を築くことが平和につながるという話を聞いて、国際平和への関心が高まりました。僕も国際的な人間になって、世界とつながりを持っていきたいと感じました。

小中高の勉強で農業についてあまり触れてこなかったこともあり、ゴマのほとんどが輸入と知って驚きました。海外はもちろん、日本の食の背景についても知っていきたいです。

フェアトレードの話を聞いて対等な価値観を持つことが大事だなと思いました。水不足についても、日本も大丈夫ではないと知り、自分たちにできることは何かを考えたいです。

食の問題と聞くと、貧しい国の食料不足のことばかり考えがちでしたが、輸出や輸入の観点から見ると、私たちの生活も大きく変わってしまうとわかって大変勉強になりました。

食材が高くなることは、生産者に届くお金が増えることでもあります。フェアトレードの「適正価格」が当たり前になれば世界の格差も縮まっていくのでは? と感じました。

食料不足などについて、自分ではあまり具体的にイメージできていませんでした。今支援活動をしている方のサポートなど、自分にできることもあるんだと発見できて嬉しかったです。

戦争には関心がありましたが、その背景に食料が絡んでいるといった話は私にとって大きな学びでした。これからは注意して報道を見ていきたいです。

日本とウガンダの稲作の違いを聞いて驚きました。また、日本では雑草が取りやすいようにとか、収穫しやすいようにと考えて田んぼ作りをしていると知ることができ、勉強になりました。

「JICA地球ひろば」
二松学舎大学附属柏中学校も訪問

「JICA地球ひろば」では、途上国の現状や世界が直面する多くの課題、世界と自分たちの暮らしとのつながりなどを体験型の展示で学ぶことができます。二松学舎大学附属柏中学校のグローバル探究コースでは、毎年1年生の校外学習で同施設を訪問し、見学のほか、ワークショップを行うなどして、SDGsや国際問題に関する理解を深めています。

學vol.73

広報誌 『學』アジアと世界の架け橋へ。