「ひとはなぜ戦争をするのか」という永遠のテーマについて、本学名誉博士で国際法の権威・小和田恆先生と水戸英則理事長が語り合う対談の後編をお届けします。今回は、国際社会における「法の支配」の難しさと、国際世論が戦争を抑制する可能性に迫りました。議論は気候変動問題にも広がり、国際社会の仕組みだけでなく、一人ひとりの意識が未来を形作ることを考えさせられます。
水戸 前号の対談では、国際社会には統一された「他律的秩序」がないため、国家間の戦争が起きてしまうというお話を伺いました。国際法の限界について、小和田先生はどうお考えでしょうか。
小和田 ウェストファリア体制の最大の問題点は、この点にあります。自律的秩序では主権国家が自発的に合意しない限り拘束されないという原則になっている上、さらに合意に違反した場合でも拘束力を強制できないからです。1920年に設立された常設国際司法裁判所(PCIJ 今日のICJの前身)が創設される時にも、裁判所である以上国内法秩序のように規範違反には強制的に裁判権が及ぶという他律性を持たせようという立場と、それでは主権国家の自律性が損なわれるという立場が対立し、日本も含む多くの国々が反対しました。両者の妥協として、国家が任意に裁判所の強制管轄権を受諾する「選択条項受諾宣言」という制度ができました。さらに、拘束力のある判決に従わない国に対する判決執行についても国連安全保障理事会が決定を行うという途は開かれているものの、拒否権を持つ常任理事国がその利益に反する決定をブロックすることは明白です。国際社会における「法の支配」の重要性を説くことは容易ですが、その抜本的解決のためには、国際社会を―制度上か、少なくとも事実上―他律的秩序を統治システムとする枠組みに転換させるしかないのです。
水戸 しかしながら、それが大変に難しいわけですね。
小和田 そうです。制度的に他律的秩序をつくるには、「世界政府」実現であり、実際には難しいでしょう。しかし、国際世論が動くことによって、世界を、戦争を抑制する方向へと導くことは不可能なことではないと思います。例えば、各主権国家の市民社会が世界規模で結びつくことによって政治に影響を与えることが考えられます。現に1997年の対人地雷禁止条約は、そういうプロセスの中で出来上がったのです。武器は一般に汎用性を持ち、同じ武器が攻撃兵器にも防御兵器にもなると言われます。しかし、地雷だけは、防御用にしか使用できない武器であり、我が国のような「専守防衛」を国是とする国などもその禁止には消極的でした。しかし、実態をみると、対人地雷の犠牲になるのは圧倒的に無辜の一般市民であることが知られる中で、日本を含む主権国家の同意の下に条約として採択されたのです。これは、市民運動を背景にした国際世論が動き、それぞれの主権国家による条約採択につながった非常にまれな成功例と言えるでしょう。

おわだ・ひさし 東京大学教養学部卒業。ケンブリッジ大学法学部大学院修了。現在、公益財団法人日本国際問題研究所顧問、二松学舎大学名誉博士。外務省外務事務次官、国際司法裁判所裁判官、同所所長などを歴任。学術分野では、東京大学で30年以上教鞭を執り、早稲田大学大学院教授を務める。ハーバード大学、ニューヨーク大学、コロンビア大学等で招聘教授を歴任。ライデン大学名誉教授。主な著作に、『国際関係と法の支配(小和田恆国際司法裁判所裁判官退任記念論文集)』(共著、信山社、2021年)など。

みと・ひでのり 1969年九州大学経済学部卒業。日本銀行入行、フランス政府留学、青森支店長、参事考査役などを歴任。2004年、二松学舎に入り、11年理事長に就任。文部科学省学校法人運営調査委員、日本私立大学協会常務理事、日本高等教育評価機構理事などを務める。
水戸 「戦争はダメだ」と一人ひとりが言い続けることは、国際社会に影響を与えうるのですね。最近の話題として、気候変動の問題も同様に考えられるでしょうか。
小和田 気候変動問題は非常に厄介な問題です。客観的には、地球上のすべての人間が運命共同体として協力することによってしか気候変動の問題の解決はあり得ないことを認識する必要があります。しかし、それが現実にはなかなかうまくいかない背景には、帝国主義時代の国際関係史があります。18世紀後半の産業革命により資本主義の隆盛、さらにそれを背景としたヨーロッパ諸国による帝国主義政策の動きへと発展しました。19世紀にはヨーロッパ諸国が世界の3分の2を植民地化し、植民地化された世界の多くの地域で産業の近代化が遅れたという歴史の背景を見ると、産業革命の結果である気候変動問題は、今日の繁栄を達成した先進国が植民地だった国々には同様の発展の道を許さないという構造になっていることが事態を複雑化しています。
水戸 そこに問題の根深さがあるわけですね。
小和田 これは単なる現状における経済格差の問題ではなく、国際社会における構造的な格差の問題です。この溝を埋めることなく「気候変動は人類運命共同体にとって共通の危機」と言われても、植民地支配の影響を受けた国々は容易に受け入れることはできないことでしょう。歴史的な経緯の中で考えれば、ある意味で当然の反応とも言えます。
水戸 地球を一つの枠組みとして捉える「グローバル化」が進む現代社会を考えるうえでも、正しい歴史認識を持つことは欠かせないということですね。
小和田 その通りだと思います。この問題を考える上でもう一つ忘れてはならないのは「グローバル社会」と呼ばれる現象の実態が、国際社会というものが主権国家から構成される社会(Society of States)ではなく、一人ひとりの人間から構成される社会(Community of Mankind)へと変質しつつあるという実態を認識することが必要です。
水戸 そこが最も重要な点ですね。前号の対談では、「ひとはなぜ戦争をするのか」という問いに対し、アインシュタインとフロイトは「生存本能」という答えを出したと伺いました。そのように人間を深く洞察した思想家の視点に立ち返ることも大切なのではないでしょうか。これは永遠のテーマですね。








