フレンチの巨匠ジョエル・ロブションのもとで腕を磨き、日本人として初めて「M.O.F.」(フランス国家最優秀職人章)の料理部門を受章した関谷健一朗シェフ。二松学舎大学附属沼南(現・柏)高校の卒業生でもある関谷シェフは、どのような道のりをへて受章し、料理人として何を大切にしているのでしょうか。水戸英則本学理事長と語り合いました。
水戸 関谷シェフが受章された「M.O.F.」はフランス料理界最高峰の称号で、非常に審査が厳格だと聞いております。具体的に、どのようなプロセスで審査が行われるのでしょうか?
関谷 実技審査は2週間前に課題が発表され、食材や道具を揃えたり、試作品を作ったりして、試験会場で課題料理を作ります。あるいは、試験当日に会場で課題が発表されることもあります。テーブルに伏せられた紙をめくると課題が書かれているのです。その紙を確認できるのは5分間だけ。材料の切り方や火の入れ方、ソースの指定などを5分間で記憶し、キッチンに移動して12分で一皿を完成させなければなりません。
水戸 それまでのシェフとしての知識や経験、料理との向き合い方など、全ての積み重ねが試されるのですね。
関谷 そうですね。審査を突破するには、料理の技術が高いだけでなく、最高の食材を手に入れられなくてはなりません。例えば、豚の骨付きロースを使う課題が出されたとします。骨が付いているロースは一頭の豚で16本ですが、それをフランス全土の参加者、私の時は200名弱が一斉に求めました。「この品種の豚のロースで、これくらいの大きさを」「肩から何本目の部分をください」といった細かな要望を伝えるのですが、それに応えていただけるかどうかは、日頃から生産者さんや業者さんとどういうお付き合いをしているかが重要な要素となります。
水戸 50年前にフランスへ留学した時、本場のフランス料理を経験しました。料理はもちろん、店内のしつらえから調度品、サービスに至るまで全てについてフランスの文化を感じました。
関谷 おっしゃる通り、フランス料理は世界に誇る文化です。「M.O.F.」受章者は、フランスの文化を次世代に伝えていく役割を担っています。日本料理の世界では「秘伝のタレ」のような門外不出の製法を重んじる傾向がありますが、フランス料理では考え方が大きく異なります。素晴らしく美味しいソースがあったとしたら、次の世代も作れるように作り方を広く伝えていくのです。
水戸 パリのレストランでカルパッチョのソースが大変美味しかったので作り方をシェフに尋ねたところ、丁寧に紙に書いてくれました。その通りに自宅で作っても同じ味にはなりませんでしたが、その点、伝承するという考え方があるのですね。
せきや・けんいちろう 1979年千葉県生まれ。98年二松学舎大学附属沼南(現・柏)高等学校卒業後、新宿調理師専門学校をへて第一ホテル東京ベイ(現ホテルオークラ東京ベイ)勤務。2002年に渡仏。06年よりパリの「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」勤務。弱冠26歳でジョエル・ロブション氏の推挙によりスーシェフ(副料理長)に抜擢される。10年東京・六本木の「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」のシェフ着任。18年「第52回〈ル・テタンジェ〉国際シグネチャーキュイジーヌコンクール」優勝。21年「ガストロノミー“ジョエル・ロブション”」のエグゼクティブシェフ(総料理長)に就任。23年料理部門では日本人で初めて「M.O.F.」(フランス国家最優秀職人章)受章。24年フランス農事功労章シュヴァリエ受章。
みと・ひでのり●1969年九州大学経済学部卒業。日本銀行入行、フランス政府留学、青森支店長、参事考査役などを歴任。2004年、二松学舎に入り、11年理事長に就任。文部科学省学校法人運営調査委員、日本私立大学協会常務理事、日本高等教育評価機構理事などを務める。
関谷 レシピの数字を知っているからといって、必ずしも同じものが作れるとは限りません。料理には、材料を混ぜ合わせる順番が違うだけで味が変わってしまうような、さまざまなポイントがあります。そうした小さな差異が集約してひと皿になった時、大きな違いになります。
水戸 常に厳しい世界に挑戦し続けていらっしゃるのですね。
関谷 私一人ではなく、多くの方々に応援していただいてここまで来ることができました。「M.O.F.」を受章した時は、自分が受章したということ以上に、支えてくださる方々に良い結果を報告できることが嬉しかったですね。ファイナルが行われたグルノーブルからパリに帰るまでの3時間ちょっとの移動中、お祝いのメールに返信をするのが本当に感慨深かったです。
水戸 そうした関谷シェフだからこそ、多くの方々が協力したいと思うのでしょう。今後は、どのような展望を思い描いていますか。
関谷 フランス料理に携わる者として、欲しいものは全て手に入れたかもしれません。最近は「次の世代に何を伝えられるか」をよく考えています。レシピを残すことも大切ですが、その料理を作る「人」を残すこと。つまり、人を育てることが最も重要なのではないかと思うのです。
水戸 関谷シェフが、巨匠ジョエル・ロブション氏から学んだように、関谷シェフのもとで育つ次世代のシェフにも期待したいですね。
関谷 ありがとうございます。私自身、「M.O.F.」を受章してやっとジョエル・ロブションの弟子の一人として肩を並べられるようになりました。彼から学んだことを胸に、私自身も、未来のシェフたちの道を照らせる存在でありたいですね。