學vol.59

二松学舎教員エッセイ(59)堀野正人 教授

二松学舎教員エッセイ(59)堀野正人 教授

二松学舎教員エッセイ(59)堀野正人 教授

横浜市出身。専門は観光社会学、都市観光論。奈良県立大学教授・副学長を経て2020年より現職。近年、はまっているのは現代アートの美術館やイベントを巡ることと、街の「面白い」を探すこと。趣味は囲碁、将棋。

「メタ観光」のススメ

 私は観光社会学という分野を専門としているので、観光が好きだと思われている。しかし、私の場合、自分自身が観光を楽しむというよりも、観光をとりまく社会や文化の状況や、当事者である観光客や観光業者のふるまいといったことに目が行ってしまう。それも往々にして仕様もないことが多い。

 たとえば、海際のリゾートや観光スポットには椰子の木が必ずといっていいほど植わっていることだ。浦安の埋め立て地に作られたディズニーランドの周辺を思い起こしてもらうとよい。本来の植生にはなかったものを雰囲気づくりのため植えたのだろう。日本人の椰子の木好きは、おそらく、〈楽園〉としてイメージされてきた南の島、とくにハワイへの憧れが底流にある。白い砂浜に青い空という海浜リゾートへの執着は、新婚旅行のメッカの変遷としてもたどれる。戦後しばらくは熱海が、その後、宮崎、沖縄へと移動し、さらにグアムを経て本物のハワイへとたどり着く。一方で、その間、国内で開発された海際の観光地には椰子の木が植え続けられた。現実に南の島へ行けるようになってもだ。

 こんなこともあった。あるバスツアーで金沢へ行ったときのことだが、途中、お約束で、業者と提携しているいくつもの土産物屋や施設をめぐっていった。某寺院の宝物館に寄ったとき、観覧を終えるとなにやら人だかりが。専門の業者さんらしき人が、言葉巧みに真珠の真贋の見分け方を講釈したかと思うと、真珠のネックレスの即売がはじまる。ふだん一万二千円のものが特別に一万円だという。そうなんだと関心していると、今日のお客さんに限って一万円で二本ご進呈という大サービス。いったい、原価はいくらなんだ!? という疑念をよそに、中年の女性が次々と財布を取り出しているではないか。日本人は「限定」に弱いらしいが、観光という特殊状況下では拍車がかかる。

 とまあ、こんな具合で観光を〈観光〉する、いわば「メタ観光」が私の楽しみである。あっ、そういえば、ハワイのワイキキビーチは、蚊の発生で人びとを悩ませた沼地を埋め立て、白い砂を運び込んで今の姿になったのだった。私たちは、きっと、これからも本物の椰子の木を求め続けるのだろう……。

二松学舎教員エッセイ(59)堀野正人 教授

リゾートの雰囲気漂うディズニーランド周辺の風景

學vol.59

広報誌 『學』アジアと世界の架け橋へ。