學vol.59

理事長対談 vol.28「水戸英則×石黒 浩」

理事長対談 vol.28

今から5年前、本学では創立140周年記念事業の一環として「漱石アンドロイド」を制作しました。ロボット工学の第一人者で、漱石アンドロイドの監修を務めた石黒浩先生(大阪大学大学院教授)と水戸理事長が、共同研究の成果、アンドロイドやAIが普及する新時代で若者に求められる能力などについて語り合いました。

*新型コロナウイルスの流行を踏まえ、対面ではなくリモートによるインタビュー形式で行いました。

水戸 これまで貴学と本学で「漱石アンドロイド」を用いた共同研究を重ねてきました。石黒先生にとって、どの研究が印象的でしたか?

石黒 2018年にシンポジウム「誰が漱石を甦らせる権利をもつのか?」を開き、そこでの議論をもとに『アンドロイド基本原則』(日刊工業新聞社、19年)を著したことですね。昨年、埼玉県深谷市が渋沢栄一のアンドロイドを制作したように、今後、銅像の代わりに偉人のアンドロイドを作る例は増えていくでしょう。その人選や運用方法について、文系、特に文学を研究する先生方と一緒に一つのガイドラインを出版できた意味は大きいと思います。それから、劇作家の平田オリザ先生とコラボレーションし、漱石と正岡子規の友情を描いた『手紙』という演劇を上演したことも、漱石アンドロイドの魅力を広げることができてよかったと感じています。

水戸 水戸 そうした広がりに、本学で行っているような文学研究や、所蔵する歴史的資料の蓄積はどのようにつながっていますか?

石黒 まず、漱石のように誰もが知っている偉人は、可能な限り多くの資料を集めて「これは漱石だ」と思えるようにする必要があります。そして、文学研究の世界では、小説から作者のプライベートまで読み取り、人物像に迫る研究者もいますので、「私」的な側面も含めて再現したアンドロイドは、新たな想像力をかき立てられ、今後の研究を促進する助けにもなっていくのではないでしょうか。

水戸 学生にとっても大きな刺激になりそうです。今後も漱石アンドロイドを教育研究に役立てていきますが、有効な活用法があればご教示下さい。

石黒 数年前、愛媛県松山市で漱石アンドロイドが生徒達に読み聞かせをするイベントを開きましたよね。目の前で漱石本人が作品を語る「体(からだ)」があると、文学を10倍、20倍楽しめることでしょう。また、ご存じの通りAIが大きく進歩しています。大量の漱石作品をAIに読み込ませ、漱石が言いそうな言葉をアンドロイドが語ることも、技術的には可能です。

水戸 漱石アンドロイドが成長していくと、AIは教育現場にも広く浸透しそうですね。そうした新しい時代にあたって、若者たちにどのような能力が求められるでしょうか?

AIが不得意分野とされる、創造的・協働的知性を兼ね備えた人材の育成を目指しています。―水戸 英則

みと・ひでのり●1969年九州大学経済学部卒業。日本銀行入行、フランス政府留学、青森支店長、参事考査役などを歴任。2004年、二松学舎に入り、11年理事長に就任。文部科学省学校法人運営調査委員、日本私立大学協会常務理事、日本高等教育評価機構理事などを務める。

石黒 まずは「AIの限界」を理解することです。世間ではAIが将棋のプロ棋士に勝ったことなどが話題になりますが、実は膨大なメモリーと計算処理能力を使って単純な強化学習をしているに過ぎません。一手差すために数億通りをしらみつぶしに試すのです。人間はそうした非効率的なことはせずに一手を考えます。それだけ人間の脳は高度な思考ができ、意識や感情、哲学的な問いが複雑に動いているのです。それらAIにはない能力が人間を人間たらしめていることを、よく勉強してほしいですね。

水戸 本学の長期ビジョン「,N2030Plan」に通底する話だと思います。同プランでは、AIで解けない難問と向き合える人材、創造的・協働的活動を創発できる人材の育成を一つの目標としています。人間の脳とAIの違いを知ることは、その第一歩と言えそうです。ところで、新型コロナの影響が続く中、石黒先生はどのように授業をされていますか?

石黒 実験をする時以外、基本的に座学は全てオンラインです。実はその方が効率的に授業が進み、学生の成績も上がっています。定期的に議論をしたり、一緒に実験をしたりする時間がないと、どうしても人間関係が希薄になりますが、この1年で学生達は随分慣れて、SNSを使ってうまくコミュニティを作っているようです。

水戸 ICTの力で新しい生活様式に適応していっているのですね。石黒先生は2025年の「大阪・関西万博」のプロデューサーも務めていらっしゃいます。ここでも新しい科学技術を駆使されているとか。

石黒 私が担当するテーマは「いのちを拡げる」です。すでに人間は遺伝子工学や人工臓器など科学技術で命を広げているし、AIやアンドロイドで人工物がより人間らしくなってきています。人間は技術と融合することで、命の可能性を飛躍的に広げようとしている。その営みを体験できる展示を考えています。現実空間だけでなく仮想空間の展示も用意し、世界中からアバター(遠隔操作ロボット)で参加できるようにする予定です。

水戸 一足早く未来を体験できるのですね。私もぜひ参加したいです。

AIにはできない思考、意識、感情、哲学的な問いが、人間を人間たらしめています。―石黒 浩

いしぐろ・ひろし●1963年、滋賀県生まれ。大阪大学大学院修了。工学博士。同大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授(栄誉教授)。ATR石黒浩特別研究所客員所長。アンドロイド研究開発の世界的第一人者。2016年に本学大学院と大阪大学大学院の共同研究で「漱石アンドロイド」を開発。2011年、大阪文化賞受賞。2015年文部科学大臣表彰受賞およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞受賞。2020年、立石賞受賞。主な著書に『ロボットとは何か』(講談社現代新書)、『どうすれば「人」を創れるか』(新潮社)、『アンドロイドは人間になれるか』(文春新書)など。

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