學vol.58

理事長対談 vol.27「水戸英則×堀井泰蔵」

理事長対談 vol.27

本学文学部を卒業後、自衛隊に入隊された堀井泰蔵氏。一見、まったくの異分野に感じられますが、本学での学びは大きく役立っているそうです。また、職務として諸外国と交渉、調整にあたる中、「自分で考える力」と幅広い教養の大切さを痛感されたそうです。学びの本質は、活躍する場を問わず共通する面があるようです。

*新型コロナウイルスの流行を踏まえ、対面ではなくメールの往復による対談を行いました。

水戸 在学当時は、どのような学生でいらっしゃいましたか?

堀井 上代文学ゼミと卒論に打ち込んでいました。卒論では、古事記に登場する神々の成長過程を、深層心理学的に分析しました。神様とはいえ擬人化されているので、人間が成長する過程で変化するコンプレックスがどう表現されているかを辿る作業です。

水戸 非常に興味深い考察です。本学での学びが、自衛隊での職務に生きていると感じることはありますか?

堀井 若い隊員に接する機会が多いのですが、彼らの精神的成熟度を探るのに大変役立ちました。卒論の他にも、観世流能楽師の中森晶三先生の「言語表現」の授業では、能の実習の合間に、日本の産業構造の変遷や「風姿花伝」(日本最古の能楽論)に基づく人生観、職業観、教育論を教えていただきました。リーダーとしてのあり様等、現在の職務にも通底しています。

水戸 自衛隊は出身大学にかかわらず、人物を実績・能力・伸長性で純粋に評価、登用されるそうですね。現在の若者たちに、どのような能力を求めたいですか?

堀井 自分の頭で考え、自分の言葉で話し、自分のやり方で実行する大らかさやしなやかさを期待したいですね。若者というと自由を好み、拘束を嫌うイメージがあるかもしれませんが、実際は異なるようです。多くの人がルールを欲しがります。例えば、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言で「20時以降の外出の自粛」などと決められましたが、それに喜んで従う風潮が見受けられます。現実に感染しても、ルールさえ守っていれば「自分は悪くない」と責任回避できるからでしょうか。

理事長対談 vol.27「水戸英則×堀井泰蔵」

みと・ひでのり●1969年九州大学経済学部卒業。日本銀行入行、フランス政府留学、青森支店長、参事考査役などを歴任。2004年、二松学舎に入り、11年理事長に就任。文部科学省学校法人運営調査委員、日本私立大学協会常務理事、日本高等教育評価機構理事など

水戸 自分の頭で考えることは、本学も重視しています。長期ビジョン「N'2030Plan」では、「日本に根差した道徳心を基に、国際化、高度情報化など、知識基盤社会が進む中で、自分で考え、行動する各分野で活躍できる人材を養成する」を基本理念としました。若者が自律的に行動するためには、どのような教育が必要でしょうか?

堀井 私はある時期、自衛隊の特殊作戦部隊を管理していました。特殊作戦では、作戦目的だけが示されて、特殊部隊員はいつ、何をすべきかを自分で考えて行動します。ミッションを遂行する上で最も優先すべきは人質を全員救出することなのか、存在を秘匿することなのか、情報を収集することなのかなどを自分で判断するわけです。彼らは、厳しい審査で選び抜かれた要員ですが、失敗に寛容な環境で訓練をします。失敗を繰り返すことで、全体を俯瞰し、作戦の本質を見極める姿勢が身に付くからです。新型コロナに例えれば、単に外出を自粛するのではなく、「感染しないためにどうするか?」を自分で考えるということです。大学と自衛隊の教育は異なりますが、若者が「なぜ失敗したか」を繰り返し学ぶことのできる寛容な教育環境が望ましいように思います。

水戸 長期ビジョンの育成する人材像の一つとして、「復元力(resilience)を保持する能力」を掲げています。失敗を恐れず、なぜ失敗したかを考え、再び立ち上がる力を育んでいく教育を展開していく方針です。

堀井 もう一つ、大学教育で大切なことは「教養」ではないでしょうか。職務として、各国の将校と調整・交渉を行ってきましたが、彼らは軍人でありながら社会、歴史、文化、語学を幅広く学んでいることが窺えます。軍事組織が相手にするのは基本的に他国です。相手国の本質を理解するには、バックボーンを学びとる必要があります。また、組織のリーダーとして構成員を統率するためには、構成員の本質を理解し、自分たちを取り巻く環境を正しく把握すべきです。そのために必要なツールが教養だと思います。

水戸 同感です。学力の3要素として「知識・スキル・人格」がありますが、その「知識」には幅広い教養と専門知識の両方が含まれます。学生たちがグローバル社会で活躍するためにも、豊かな教養を涵養することは本学の重要な役割だと考えています。

理事長対談 vol.27「水戸英則×堀井泰蔵」

ほりい・たいぞう●1964年、秋田県生まれ。87年二松学舎大学文学部国文学科卒業後、自衛隊に入隊。第10普通科連隊(滝川)、幹部候補生学校(久留米)、第37普通科連隊(信太山)、富士学校(富士)、第21普通科連隊(秋田)、陸上幕僚監部(市ヶ谷)、第12普通科連隊(国分)等での勤務を経て、2014年将官に昇任。昇任後、中央即応集団副司令官(座間)、第1施設団長(古河)、中部方面総監部幕僚副長(伊丹)、第5旅団長(帯広)を歴任し、2019年8月から第8師団長。
【陸上自衛隊 第8師団】我が国防衛の最前線である西部方面隊の中核を担う作戦基本部隊。熊本県、宮崎県、鹿児島県の南九州三県の防衛警備・災害派遣等を担任。要員は約5000人。

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