學vol.57

特集:今こそ、コミュニケーションを考える!

特集:今こそ、コミュニケーションを考える!

新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止対策として始まった学校や企業におけるオンラインを活用した講義や会議。今後も継続的に実施する企業や教育機関が増えることが予想されます。過去・現在・未来のコミュニケーションについて、本学教員が各々の視点で考察し、「変わったこと」やこれから必要となるスキル、その一方でどのような社会にあっても「変わらない」、普遍的なことについて語ります。

オンライン授業がもたらした教室におけるコミュニケーションの変化

瀧田 コロナ禍により、本学でもオンライン授業を導入していますが、一部で対面授業も再開しました。何人かの1年生とは先日初めて対面で会いましたが、一人ひとりの個性や存在を感じるという意味では、人と人とが同じ場と時間を共有する重要性を改めて感じましたね。対面することで得られる情報、たとえば視線や表情や服装などがとても新鮮に思えましたし、いかにそれらが人を知るうえで大切かを改めて認識しました。

松本 メディア研究を専門にしている私にとって、オンライン授業をめぐるコミュニケーションは非常に興味深い題材です。特に、いろいろな端末を利用して受講することの特性から生まれる面白さがあるように思います。例えばPCだと画面の上にカメラがあるので、誰かと目が合うことはありません。教室だと、学生と目を合わせながら授業を進めますが、オンラインの場合、相手の反応を観察しながら、次の発話に結びつけるということになります。つまりこれは、通常とは違うコミュニケーションをしているわけですが、オンライン授業では、それをあたかも対面授業と同じであるかのように見立ててやっていることになるわけです。
 また、学生たちがカメラをオンにして授業に参加すると、背景には彼らの個室が映ります。個室は「個人のアイデンティティ」を表象するものであり、個室をめぐる議論はこれまでにも数々ありました。例えば、最近では2016年の「ポケモンGO」によって、プレーヤーたちが個人的なプライベート空間を都市空間に持ち込んで、数々の社会問題を引き起こしましたよね。それが今、オンライン授業の画面は、個室の集合体になっているわけです。そこは教室であり、また同時にプライベートな空間でもある。そのあたりの境界線がすごく揺らいできています。

瀧田 メディアを専門とする松本先生ならではの着眼点で、問題を現代的、技術的な視点から捉えられるようになりますね。個人的に実感したのは、オンラインの方が問題の核心に迫れるというか、求心的な授業ができるということです。文学を学び、研究する上で思考を深く内面に向け掘り下げていくのはとても重要なので、これは一つの発見でした。

稲垣 オンライン環境は目の前の課題に集中できるので、私が受け持っている講義でも、自分の考えをまとめて自信を持って発言する学生が増えています。人前で話すのが苦手な学生はまだいますが、最近の採用面接はオンラインから始まってリアルに至ることが多いので、さまざまな環境に適応していくことが大事ですね。

今井 分野における違いはあると思いますが、私の場合、数学の講義をオンラインのみで行うことはかなり難しいと感じています。数学は、公理、命題、定理があって証明するという構造そのものが、「数学」なので、その抽象的な思考構造を身につけ、そこから新しい何かを生み出していく授業形態にならざるを得ない。授業で、パワーポイントや紙で数式を出して証明することは、もちろんあります。ただ実際には、一度、手で数式を追わないと、なかなか身につかないと思います。写経じゃないですが、わからないなりにも数式を手で写すことにより見えてくるものがあります。書いては考え、考えてはまた書く。自分が学生の頃もそう実践していました。

瀧田 浩 教授(文学部 国文学科/学務局長)

(たきた・ひろし)早稲田大学教育学部国語国文学科卒業、千葉大学大学院文学研究科修士課程修了、立教大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。調布市武者小路実篤記念館評議員、有島武郎研究会会長。『白樺』派の文学を中心とした日本近代文学の研究の他に、最近はロックバンドはっぴいえんどなどの高度経済成長期の文化研究も。主な論文に「武者小路実篤と昭和九年―『維摩経』が書かれた「仏教復興」期をめぐって―」(『二松学舎大学人文論叢』101輯)など。

松本 数学を身体と繋げて考えるというのは、とても興味深いです。

今井 プログラミングもそうです。学生にゼミでプログラミングを教えていますが、まずコードをコピペしようとします。テキストに載っている数式をコピペして、「動きました」と。しかし、「とりあえず、全部、手で打ち込みなさい」と指導します。コピペして動く、それは当たり前なんですよ。学び始めの段階では、コマンドなど内容が何なのか、何を意味しているのかわからなくても、1回は手で打つ必要がある。後々それが生きてきます。

稲垣 体得するということですね。

瀧田 森田真生さんの『数学する身体』に、九九を「ニニンガシ」とか、「サブロクジュウハチ」とか、身体で音声を発するなどして初めて人間は数学することができると書いてあったのを、ああ、こういうことかと、今思い出しました。身体的なコミュニケーションという観点からオンライン授業をどう捉えていくかを考えるのも面白いです。

松本 確かにそうですね。それでいうと、今はタッチパネルに触りながら、視覚と触覚が交差した状況で情報を得ることができますよね。しかし従来、視覚というのは距離を前提とする感覚器官なわけで、タッチパネルを見ながらそれを触覚的に操作するというのは、人類史的にみても新しい世界認識のモードだといえるでしょう。従来の授業の延長線上で私たちはオンライン授業を捉えがちですが、そう考えると全く別の体験だと思います。

瀧田 なるほど。

松本 オンライン授業でもう一つお話ししたいのは、今後、学生たちのコミュニケーションを教室に閉じ込めておくことが、恐らくできなくなるということです。かつて、社会学者のアーヴィング・ゴッフマンという人物が、「状況」という概念について語っていて、人間、朝、起きてから、夜寝るまでにいろいろな状況を通り過ぎていく。大学に行って、授業に出れば、授業という状況の中で教員は教員らしく、学生は学生らしく振舞います。それは、ある種のロールプレイなわけですが、それを区切っているものは一体何かというと、物理的なセッティングだったりします。例えば教室とか。しかし今は、教室といってもオンラインのWeb会議ツール(※)の中であり、チャットや外部にあるツイッターなど、SNSでもいろいろなやりとりを展開していく。非常に多チャンネル化しているわけです。その中で、我々教員側が、どういうふうにオンライン授業を構成していくのか、そういったところは、恐らく今後の課題になっていくのではないでしょうか。

※【Web会議ツール】
PCやスマートフォンなどインターネットに接続できる機器を使用し、オンラインでミーティングやセミナーを開催することのできるアプリケーション。遠隔授業を行うための手段として多くの学校が導入している。「Zoom」や「Cisco Webex」など。

瀧田 新しい技術環境の中で、その時代ごとの身体性みたいなものが、また立ち上がっていくのだと思いますし、そしてそれを更新し続ける勇気を持つべきということですね。僕自身は、以前はパワーポイントを使う授業は行ったことがなかったのですが、今年の一月にドイツのシンポジウムに参加したのをきっかけに使い始め、今はオンライン授業で不可欠になりつつあります。パワーポイントには写真やカラーの図版資料など、幾らでもつけられるので、一度便利さを感じるともう戻るのは難しいですね。これは不可逆で、受ける学生もコロナが鎮静化した後、授業でモノクロプリントを配ると、ちょっとアナクロに感じてしまうといった反応は自然と出てくるだろうなという気はします。そうなると、松本先生がおっしゃったことにもつながりますが、学生たちを旧来のやり方にいかに戻すかを考えるよりも新しいやり方を積極的に模索したほうがよいかもしれません。

稲垣美沙子 キャリアセンター特任教授

(いながき・みさこ)筑波大学卒業後、日本銀行に勤務し、金融制度調査、国際会議事務局、広報(主に海外向け)、採用・人財育成・人事管理等を担当。国家資格キャリアコンサルタント、GCDFーJapanキャリアカウンセラー。筑波大学修士(法学)、同博士課程修了。2020年度より現職、実務家教員として国際政治経済学部講師を兼任。

他者と出会い失敗する経験を積む

瀧田 社会における実践的なコミュニケーションについてはどうでしょう?

稲垣 どんな状況下でも、企業が求めているのは、組織の理念に共感し、さらに自分の想いも乗せて伝えられる人財です。伝える技術も大事ですが、一番は「何を伝えたいか」。時には、考えや熱意がうまく伝わらず、否定されることもありますが、困難や環境変化を乗り越えるためには、スキル以上に自分なりの軸や価値観といった内面の強さと適応力を持っていることが大切です。

瀧田 否定される経験をあまり持たずにきた学生にとっては、キャリアセンターのスタッフが初めて壁になって、前に進ませてあげる役割をされているわけですね。なかなか大変でしょうね。

稲垣 自分の考えを否定されたり、失敗したり、といった経験を学生のうちにたくさんしてほしいと思います。そしてなぜ受け入れられなかったのか、どうしたらうまくいくのか、きちんと振り返ってその理由を理解することで、次の挑戦へのバネ、きっかけが得られます。
 キャリアセンターでは、学生それぞれの成長に向けて、相談を受けています。社会に出れば自分でいろいろな壁を乗り越えていかなければなりませんから、その前段階で、弾みをつけるお手伝いをしています。

松本 私のゼミでは、大学4年間は社会に出る過渡的な段階として捉え、いかに他者とうまく関わることができるか、そしてその上で失敗も経験できるようなプロジェクトを実施しています。たとえばここ数年、大学と包括協定を結んでいる岡山県倉敷市では、横溝正史のファン向けに体感型推理ゲームを企画し、それを現地の観光課と一緒に運営しています。

今井  そういった経験はとても大事ですね。やはり国際経営学科には、経営に興味を持つ学生が多くいます。実は私も希望する学生を集めて、「お茶」をテーマに起業をして実際に経営してみるということを試みています。学科を超えて興味を持った学生たちが集まり、年内には何らかの形にすることができるかと思います。

松本 体験する中で、合うことと合わないことが出てくると思うんですよね。例えば出版業界に行きたいという学生がいたとして、本当に適性があるかどうかはやってみないとわからないところがありますし、なるべくたくさん学生たちが失敗できるポイントをつくってあげるという。学生たちに僕が言っているのは「失敗」を単にそう捉えるのではなく、「次に成功するためのデータ集めの重要な機会」だと、そんな言い方をしています。

稲垣 まさにそうした経験が、実社会で生きてくると思います。

コロナ禍をへて、変わること、変わらないこと

瀧田 皆さんのお話を伺うと、オンライン授業を通して、教員の我々も、自分の研究の視点から、教えるという視点から、さまざまな気づきがあったことがわかります。これからも変わっていくことがたくさんあると思いますが、ネガティブな面だけではありませんよね。その辺りも含めて、最後に一言ずつお願いします。

松本 我々、都市文化デザイン学科の場合でいうと、現代の社会を形作っているさまざまな要素や構造、それらを学問的に考えた上で、新しい社会や新しい文化をつくるための人材を育成していくという目的があります。
 私のゼミナールで「東北復興新聞」を立ち上げられた本間勇輝さん(※)にインタビューをしたことがあります。震災のような危機的状況が発生したときには、既存のシステムが壊れるわけですが、一旦、まっさらになったところから、新しい何かが立ち上がる、そこから新しいイノベーションが起きていくというお話でした。
 当然、今は非常につらい時代であり、学生たちもいろいろなストレスを抱えていますが、起きていることをしっかり観察し、それを何か次のアクションに結びつけていってほしい。そのために、大学としても学科としても、できる限りのことをしたいと思っています。

※【「東北復興新聞」を立ち上げられた本間勇輝さん】
大学卒業後、会社勤務や起業に携わった後、2年間世界中を妻と共に旅をしながら、様々な社会貢献活動を実施。帰国後に『ソーシャルトラベル 旅ときどき社会貢献。』を執筆し注目される。2011年10月にソーシャルセクターのコミュニケーション支援をおこなうNPO法人HUGを設立。翌年1月に、東日本大震災からの復興に携わる人のための業界紙として『東北復興新聞』を創刊。

松本健太郎教授(文学部都市文化デザイン学科)

(まつもと・けんたろう)国際基督教大学卒業後、京都大学大学院博士(人間・環境学)。サイバー大学客員准教授、西安工程大学客座教授 、日本記号学会理事、観光学術学会編集理事、日本コミュニケーション学会理事などをつとめる。「コンピュータゲーム」や「デジタル地図」、最近は「キャラクタービジネス」「テーマパーク」「幽霊表象」に興味をもつ。

稲垣 今誰もがコロナ禍の影響を受けていますが、どんな環境、場面であっても、コミュニケーションにおいて重要なのは、相手にしっかり伝わるように伝えることです。オンラインでも、リアルでも、相手を理解し、しっかり考えて、感情まで推し量りながら返すこと、その積み上げがコミュニケーションです。学生の皆さんには、自分の考えに相手がどう反応し、それにどう返すか、想像力をたくましくしながら練習してほしいと思います。友達や家族と、ゼミの講義中、どこでもできます。そして、人としての幅を広げるため、失敗を恐れずに新しいことに挑戦し、専門知識のみならず幅広い教養も身に付けて切磋琢磨してほしい。壁に当たったら、一旦止まって振り返り、次の壁に挑みましょう。一番必要なのは、どんな状況でも、めげないことです。何とか道を見出して、抜け出せるように頑張ること。周囲の理解を得て、必要なら助けてもらうということも大切です。

今井 先生方のお話の中で、どちらかというとオンラインの方が発表しやすいといった声がありましたが、僕のゼミの学生たちからは、オンラインよりは対面の方がやりやすいと聞きます。オンラインだと相手の反応が全くわからないから、すごくやりづらいと。実際に同じ空気を共有して行う授業は、学生の発言だけでなく視線や態度など、私たち教員に対しても非常に多くの気づきを与えてくれます。直接触れ合うことは、やはり重要だなということを改めて感じました。
 最近、AIや機械学習という言葉が一般的になり、人間の仕事が奪われるのではないかなどの話も出てきています。しかし、個人的にはそうは思いません。AIにしろ、ポストAIで出てくる量子コンピュータにしろ、それはあくまでも技術であって、そこに対して何らかの問題を与えるのは人間なんです。量子コンピュータは、その技術単体としてはすばらしいですが、何に使うのかという用途・目的がまだ明確ではありません。でき上がった技術をどのような問題に適用していくのか。それを考えるのは、やはり人間にしかできないことです。今後どのような技術が出てきてもこれは変わらないことではないかと思います。

瀧田 変化を柔軟に受け入れながらも、本質的なところは忘れずにいたいですね。では、最後に僕からも。僕が尊敬する佐野元春というアーティストがコロナ禍をどう捉えているかという問いに対して「これは非接触社会の予行演習だ」と例えていました。さて非接触的な世界の到来に向けてどうするかと言えば、「ちゃんと孤立する」ことが大事ではないか、と考えています。オンラインで緩くつながって「これでいいじゃん」というのは、やっぱりよくない。簡単に代替できるもので代替しないということです。例えば、最近音楽のライブもオンラインがほとんどですが、ライブは、狭い、歴史のある場の中で経験するからおもしろかったりします。近くで、体の大きな男が変な踊りを踊っていて、前、見えないよっていう不快感、そういったことを全部含めてライブですよね。いつの間にかコミュニケーションのイメージがのっぺりとしたものになってしまわないよう心がけたい。
 コミュニケーションの原則は、厚みをもった不透明な世界や他者と向かい合い続けることだということを忘れないでいたいと思います。オンライン授業であれ、対面授業であれ、受講者の存在や個性に対する想像力をなくした時、その授業の中にコミュニケーションは失われているといえるでしょう。

今井悠人専任講師(国際政治経済学部国際経営学科)

(いまい・ゆうと)早稲田大学理工学部電気・情報生命工学科卒業後、同大学院基幹理工学研究科数学応用数理専攻、博士(理学)、同大学院ファイナンス研究科、MBA。同大学基幹理工学部数学科助手、三菱UFJトラスト投資工学研究所研究員、東京都立大学大学院ファイナンス研究科助教を経て2019年より現職。専門は数理ファイナンス、Computational Finance。

学生相談室から
気軽な気持ちで話してみませんか

奥野 光(臨床心理士/大学カウンセラー)

 学生相談室は、悩み事にかかわらず、なんでも「語る」ことのできる場所です。今年は、このコロナ禍で、「なかなか大学生になりきれない」「自分がいま何をやっているのかわからない」といった声がよく聞かれます。ただ、そう感じている学生たちも、話をしていく中で自分の生き方や価値観に出会い、自分らしい生活を形作っていくので、頼もしくもあります。
 すぐに答えの出ない問題を抱えることもありますが、誰かと話し、その時間の大切さを感じるだけでも随分気持ちが変わるものです。一緒に話し合うと、一人で考えている時とは少し違う道を通り、少し違う景色が広がります。
 学生相談室では、常勤の私を含め4名のカウンセラーのほか、月・金曜日は本学の教員相談員、月1回は精神科の校医が来て、相談を受けています。現在は、対面よりもオンライン、電話、メールでの相談が中心です。学生はもちろんのこと保護者や教職員の方々にとって、必要な時にふと思い出してもらえる存在でありたいと思っています。皆さんそれぞれの学生生活を、私たちはいつでもサポートしていきます。

學vol.57

広報誌 『學』アジアと世界の架け橋へ。