• 町教授による「三島中洲と近代-其七-【渋沢栄一と近代漢学】」解説動画を公開しました!

町教授による「三島中洲と近代-其七-【渋沢栄一と近代漢学】」解説動画を公開しました!

2021年6月に、本学の大学資料展示室の企画展(学内向け)として「三島中洲と近代-其七-【渋沢栄一と近代漢学】」を開催しました。動画では、文学部中国文学科教授、大学資料展示室運営委員 町 泉寿郎 先生より、展示資料の紹介と共に『二松学舎と渋沢栄一』の関係について紐解きました。

<出演>
二松学舎大学文学部中国文学科教授/大学資料展示室運営委員 町 泉寿郎

<二松学舎と渋沢栄一>
 近代日本を代表する実業家として知られ「近代日本経済の父」と称される渋沢栄一。「論語」を生涯の指針として掲げ、「論語と算盤」=「道徳と経済」の両立を目指し、「公益」を追求し続けた人物です。たくさんの企業の設立や運営に携わるかたわら、教育事業や福祉事業にも力を入れたことで知られており、二松学舎も渋沢が関わった学校の一つです。きっかけは創立者・三島中洲との親交によります。渋沢が中洲に、千代夫人の墓碑銘(墓石に刻む文章)の撰文を依頼したことから二人の繋がりは深まり、渋沢の考える「道徳経済合一説」と中洲の「義利合一論」(義と利をわけて考えるべきではない、真の利は義から生まれる結果である)という考え方が一致し意気投合。晩年の中洲から、二松学舎の継続について助力を求められた渋沢は、大正8(1919)年、二松学舎第三代舎長に就任しました。専門学校設立に奔走するほか『論語』に関する講義を二松学舎で行うなど、本学と深く関わりを持ち、中洲亡き後の二松学舎を支えた人物です。

<動画>