學vol.66

理事長対談「水戸英則×田中明彦」

理事長対談

国際協力機構(JICA)は、ODA(政府開発援助)の実施機関として開発途上国が抱える課題に対し、技術協力や資金協力、ボランティア派遣などさまざまな支援を実施しています。世界を取り巻く課題が複雑化する今、国際協力の第一線で何が起きているのでしょうか。また、今の若い世代に求められることとは? JICAの田中明彦理事長に、本学の水戸英則理事長がお聞きしました。

水戸 今、世界はグローバルサウスの台頭や、ロシアと中国の関係など地政学的に激変を迎えています。ロシアによるウクライナへの侵攻や、パレスチナとイスラエルの衝突は続き、さらに気候変動や感染症、エネルギー・食料危機など地球規模の問題が複合的に発生しています。この混沌とした時代を、田中理事長はどう受け止めていらっしゃいますか。

田中 過去を振り返っても、現在ほど人類全体に対する危機が次々に押し寄せている時代はなかったように思います。紛争など人間同士の関係による問題と、気候変動や感染症といった人間と自然が織りなす問題の両方が生じています。本来ならば人類は争っている場合ではなく、一致団結して気候変動などに対応する必要があります。JICAは日本のODAを実施する主要機関として、開発途上国への包括的な協力を行っていますが、今後はより協力・協調の重要性を示さなくてはならないと考えています。

水戸 JICAは、国連が掲げる持続可能な開発目標「SDGs」の推進に協力しているほか、独自に20項目の「グローバル・アジェンダ」を策定されています。都市・地域開発や運輸交通、ガバナンスなど幅広い課題のうち、特に重点的に進めている分野はあるのでしょうか。

田中 日本のODAの基本方針を定めた「開発協力大綱」が2023年6月に改定され、「人間の安全保障」があらゆる開発協力に通底する理念となりました。人々が恐怖や貧困に苦しんだり、尊厳が脅かされたりしない社会を目指そうということで、JICAの活動もその方針に準じます。日本のODAは、相手国の求めに応じる「要請主義」を基本としてきました。「要請主義」と言っても、各国の事情をよく聞き、意見交換しながらニーズに合った支援を提案、実施してきています。例えば、相手国が輸出を強化したい場合は資源開発、インフラ整備が必要であれば学校や病院の建設などを実施してきました。今回の大綱の改定では、このような形で日本から協力内容を提案する「オファー型協力」を強化する方針が打ち出されました。現在、どのような事業が適しているか検討しています。
 また、ODAでは、人材育成も大切にしてきました。例えば、整備した施設や設備を有効に機能させるために日本人の専門家を派遣したり、相手国から日本へ研修を受けに来ていただいたりしています。

水戸 相手国のニーズに応えるために、日本側も専門性の高い人材をそろえる必要がありますね。

田中 日本の省庁の研究機関やNGO、民間企業、大学にも協力いただいています。最近では、相手国の人が日本の大学で学位を取得し、その知識を自国で生かす取り組みもあります。このように日本のさまざまな機関の皆様の協力を得て、人の育成やつながりにこだわって活動してきたことは非常に高く評価されており、相手国からの信頼を得ていると感じています。

地政学的な激変と、終わらない紛争、環境問題やエネルギー・食料問題など地球規模の危機が複合的に発生しています。——水戸英則

みと・ひでのり●1969年九州大学経済学部卒業。日本銀行入行、フランス政府留学、青森支店長、参事考査役などを歴任。2004年、二松学舎に入り、11年理事長に就任。文部科学省学校法人運営調査委員、日本私立大学協会常務理事、日本高等教育評価機構理事などを務める。

水戸 開発途上国における問題は、JICAからご覧になってどのように変化していますか? 各国の生活水準は向上したのでしょうか。

田中 1960年代は、多くのアジア諸国がアフリカより生活水準が低いと言われていました。しかし現在、韓国の1人当たりのGDPは日本とほぼ同等、シンガポールは日本の約3倍と大きく成長しました。他方、今なお多くの課題を抱えている国があります。SDGsの1番目の目標は「貧困をなくそう」ですが、今のままでは達成が困難であると言わざるを得ません。世界で数億人が極度の貧困状況に留まり続ける可能性があるのです。

水戸 SDGsは2030年までの達成を目指していますが、そのためには若い人たちが国際問題に関心を持つ必要があると感じます。

田中 おっしゃる通りです。ここ数年でより明らかになったことは地球の気候システムや生体システムには国の境はなく、人間は地球の物理的なシステム、生体システム、さらには人と人との関係で構成される社会システムと相互依存していることです。どこかで紛争が起きれば突然物価が上がるなど、生活に直接的な影響を及ぼします。日本人は日本だけで生きているわけではないことを、多くの若者たちに知っていただきたいですね。

水戸 JICAで募集している海外協力隊は、基本的には2年間、開発途上国で現地の人と一緒に過ごすそうですね。通常の留学以上の経験を積むことができるのではないでしょうか。

田中 言語や文化が違う中で相手国の人と一緒にプロジェクトに取り組むことは、確かに大変チャレンジングです。けれども、これからの人生において、その経験は必ず役に立つと思います。

水戸 とても意義深い議論ですね。まさしく、文・理を超えた総合知が養われる場であると思います。本日はありがとうございました。

人間は相互依存の中で生きており、世界のどこかで起こったことは我々の生活にも直接的な影響を及ぼします。――田中 明彦

たなか・あきひこ●1954年生まれ。1977年東京大学教養学部教養学科国際関係論分科卒業。1981年マサチューセッツ工科大学政治学部大学院修了(Ph.D.取得)。東京大学東洋文化研究所教授、東京大学副学長、国際協力機構(JICA)理事長、政策研究大学院大学学長などを歴任。2022年JICA理事長に再任。専門は国際政治学。著書に『新しい「中世」』(日本経済新聞社、サントリー学芸賞受賞)、『ワード・ポリティクス』(筑摩書房、読売・吉野作造賞受賞)、『ポストモダンの「近代」』(中央公論新社)など。2012年紫綬褒章受章。

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広報誌 『學』アジアと世界の架け橋へ。