學vol.65

理事長対談「水戸英則×宇佐美文理」

理事長対談

AI技術の急速な進展、気候危機、人口減少などの難題が山積する現代社会。日本が世界と伍していくために、あらゆる分野の知見を総合的に活用して社会的課題への対応を図ること、即ち「総合知」が不可欠となってきています。総合知における人文・社会科学の位置づけや、大学に求められる文理融合教育のあり方について、京都大学の宇佐美文理先生にお聞きしました。

水戸 社会的課題の多様化・複雑化が進み、予測不能な時代となった今、単独の専門知識だけではなく、多様な分野の知見を統合した「総合知」が重要だと思います。総合知における人文・社会科学の位置づけについて、宇佐美先生はどうお考えですか。

宇佐美 自然科学分野が主体的に取り組んでいる総合知として、例えば「ELSI※1」(科学技術の進展がもたらす倫理的・法的・社会的課題の検討)が挙げられます。一方、ELSIに付随するかたちで、目指すべき社会像を見据え、そのために必要な科学技術の発展を検討する「RRI※2」(責任ある研究・イノベーション)も考えられていますが、それもやはり主体は自然科学だと言わざるを得ません。そのような状況の中で、人文・社会科学が主体となるような総合知を模索する必要があると思っています。なお、人文・社会科学と自然科学のどちらが主体でもない総合知として、両分野の先生が議論をする文理融合研究がありますが、現状では、人文・社会科学の研究に客観性を与えるために自然科学を使う、ということにとどまっているものが多いようにも思います。しかし、そうした融合研究も、知の広がりを進める点では重要な意味を持つと思っています。

※1 ELSI…「Ethical, Legal and Social Issues」
※2 RRI…「Responsible Research and Innovation」

水戸 専門分野の枠を超えて融合する「文理複眼」的な思考が大切なのですね。それを実践するには、人文・社会科学系学問の思考プロセスを理解しておく必要があるように思います。

宇佐美 そうですね。そもそも人文科学と社会科学も大きく違うものです。私は人文科学者ですので人文科学の思考プロセスをお話ししますと、「人が何を考え、何を語り、何をしてきたのか」に基づいて、これからの思考、行動を考えることだと思います。例えば、「昔の人はどうしてあんなに素晴らしい絵が描けたのか?」ということを分析し、「これからどのような絵を人は描けるのか、どのような絵を描くべきなのか」を考えることへとつなげていくのです。

水戸 その点において、人文科学は非常に大きな可能性があるように感じます。未来志向を持って若者を導く者が、一流の人文科学者と言えそうですね。ところで、社会にもたらす「実利」という観点では、人文・社会科学にどういった可能性があるのでしょうか。

これからの大学教育は文理横断・融合教育を推進し「総合知」を養うことが欠かせません。——水戸英則

みと・ひでのり●1969年九州大学経済学部卒業。日本銀行入行、フランス政府留学、青森支店長、参事考査役などを歴任。2004年、二松学舎に入り、11年理事長に就任。文部科学省学校法人運営調査委員、日本私立大学協会常務理事、日本高等教育評価機構理事などを務める。

宇佐美 すべての学問的営為は、分野を問わず、社会のために何らかの意味を持っており、人文・社会科学の「可能性」は100%だと考えています。人文科学者は、文学や絵画について語る人たちや、それを自らの営為とする人たちの「思考の基礎」を作る作業をしています。それが経済的な「利」を生むのかは分かりません。ただ、経済的な利=お金を人の幸福のために使われるべきものと位置づけ、文学や絵画も同じように人に必要であり、幸福をもたらすものとすれば、お金と同様の利を生むと考えることができます。つまり、直接的・即時的ではない利をもたらすのです。

水戸 理系分野とは異なるかたちで、社会的な利があるのですね。そうした中、昨今の人材育成の議論は理系分野に傾いています。人文科学系の大学には、どのような教育方法が求められるでしょうか。

宇佐美 人生の中で4年間、好きなことを学び、好きなことを考えていていいこと、学びに専念できる「幸せな」社会の仕組みがあり、経済的にも可能であることを学生のみなさんが享受し、活用しようという気持ちにさせる教育が必要ではないでしょうか。また、現在の日本では高等学校の段階で、あるいは既に中学校の段階で「文系・理系」の概念が染みついてしまい、結果的に大学以後の学び方を狭めているように思います。総合知が求められていることからも分かるように、現実社会では文・理で割り切れる問題は少ないものです。文・理の分け方は便宜的なものに過ぎないということを、早い段階で学生さんたちに知ってもらう必要があると感じています。

水戸 私も同感です。これからの大学教育においては、文理横断・融合教育を推進し、学生が学ぶべき文・理をディプロマ・ポリシー(卒業要件)等で整理して示すこと。そして、文・理を問わず、新たなリテラシーとして数理データサイエンス、歴史、芸術などを教養教育課程に設けることが求められると考えています。
 最後に、若い世代に人文・社会科学の魅力を伝えるために、宇佐美先生が実践されている取り組みについてお聞かせください。

宇佐美 全学部の学生たちに対して、教員が作った短い文章を読んでくることを課して、後日、その文章に書いてあることについて自由な議論をする場を作っています。人文・社会科学、自然科学それぞれの専門を持つ学生さんたちが言葉を交わし、私からは、「人文科学の立場からはこう考える」と見解を示すことによって、若い人たちに人文科学の面白さに気付いてもらえるのではないかと思っています。

水戸 とても意義深い議論ですね。まさしく、文・理を超えた総合知が養われる場であると思います。本日はありがとうございました。

文系・理系で割り切れる社会的課題は少ない。全学部の学生が議論する場を設けています。――宇佐美文理

うさみ・ぶんり●1959年愛知県生まれ。1989年京都大学大学院博士後期課程研究指導認定。信州大学、京都大学人文科学研究所をへて、同大学大学院文学研究科教授。2020年より副学長。2022年には同大学「人と社会の未来研究院」院長を務めた。専門は、中国絵画、芸術理論。著書に『歴代名画記―〈気〉の芸術論』(岩波書店)、『中国絵画入門』(同)、『中国藝術理論史研究』(講談社)などがある。

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