學vol.64

理事長対談「水戸英則×栗山英樹」

理事長対談

二松学舎創立145周年記念「『論語』の学校―RONGO ACADEMIA―」では、野球日本代表「侍ジャパン」トップチームの栗山英樹監督にご講演いただきました。栗山監督は、論語の教えを選手育成や組織作りに活かしておられます。プロ野球と論語は、どのような関係があるのでしょうか? 講演後に伺ったお話をお届けします。

水戸 栗山先生は2020年にYouTubeチャンネル「寺子屋ファイターズ」を開設し、全国の子どもたちに向けて論語などの講義をされていました。なぜ、この取り組みを始められたのでしょうか?

栗山 当時、新型コロナウイルスの感染拡大で、多くの子どもたちが自宅待機を余儀なくされていました。北海道日本ハムファイターズの監督としてなんとか励まそうと思ったのです。私たちが次の世代に残すべきことと言えば、昔の寺子屋教育だと考えました。

水戸 本学の前身は漢学塾で、今も寺子屋式のきめ細かい教育を受け継いでいます。また、創設者の三島中洲先生は「人を治める前に自分を修めることが必要。まずは仁義道徳(倫理観)の涵養がスタートだ」と述べており、これが本学の建学の精神となっています。

栗山 まさに教えることの原点だと思います。渋沢栄一先生の『論語と算盤』にも「富をなす根源は何かといえば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することはできぬ」とあります。これは野球にも通底することで、いくら才能があっても自分のことばかり考えて誠実でない選手は、だれも応援してくれません。野球も論語が絶対的なベースだと知って欲しくて、ファイターズの選手全員に『論語と算盤』を配りました。もちろん、大谷翔平選手にも手渡しています。彼には「その才能をチームが勝つために使って下さい」と伝え、投手と打者の“二刀流”で起用しました。彼はメジャーリーグに旅立った後も二刀流を貫き、トップクラスの成績をあげています。

水戸 大谷選手は論語で育ったのですね。同じくメジャーリーグで活躍している鈴木誠也選手は本学附属高校の出身で、やはり論語に触れて育ちました。彼らを成長させたもう一つのものに、高校野球があります。高校野球の今後についてどのようにお考えでしょうか。

栗山 幼少期からよく父に連れられて高校野球を観に行っていました。その頃の私はわがまま坊主で、父は「我慢を覚えさせるため」に高校野球に連れて行ったそうです。高校野球は、自分勝手な行動を我慢したり、チームのために力を尽くしたりなど、人として大切なことを学べます。厳しいトレーニングを心配する声はありますが、選手たちの健康を守った上で、高校野球の良い面を残してほしいと思います。

水戸 野球が持つ素晴らしい魅力ですね。栗山先生は、これまで多くの野球選手を育てて来られましたが、若者たちのモチベーションを高めるために大切なものは何だと思われますか?

栗山 「自分はこうなりたい」という姿を、はっきりイメージすることですね。プロ野球選手になる若者はそれができているんです。

大谷翔平選手も、鈴木誠也選手も論語で育ったのですね。第一線に立つ人の共通点が伺えます。——水戸英則

みと・ひでのり●1969年九州大学経済学部卒業。日本銀行入行、フランス政府留学、青森支店長、参事考査役などを歴任。2004年、二松学舎に入り、11年理事長に就任。文部科学省学校法人運営調査委員、日本私立大学協会常務理事、日本高等教育評価機構理事などを務める。

水戸 大谷選手は高校1年生から「目標達成シート」を書いていたことが有名ですね。自らの目標と、実現するために必要なことを一枚の紙にまとめたもので、ファイターズ時代には「『論語と算盤』を読む」とも書いていたとか。第一線に上り詰める人の共通点が伺えます。ところで、栗山先生のご著書『栗山ノート』では、論語や「四書五経」「易経」など古典の言葉を引用しながら、組織作りについて書かれています。かなりの数の古典をお読みになったのですね。

栗山 今、私たちが苦しんでいることは、長い歴史のなかで必ずだれかが苦しんでいて、その答えが古典に残されています。テレビもインターネットもない何千年も前に書かれた書物が、今を生きる人たちの指針となっているわけです。野球監督はあまり他人に相談できず、孤独な立場ですが、古典を読んでは気になった言葉をノートに書き出し、読み返す。その繰り返しで何度も救われました。私のこの経験を伝えることが、少しでもだれかの役に立てたら嬉しいです。

水戸 自分よりも「人のため」という論語の哲学が貫かれているのですね。栗山先生は白鷗大学の教授も務めていらっしゃいますが、これからの大学のあり方についてどうお考えでしょうか?

栗山 今の若者たちは非常に真面目で一生懸命ですが、最初から「自分には無理だ」と決めつけてしまうことがあります。夢を夢に終わらせない力を育てることが大切ではないでしょうか。知識を覚えて終わりにせず、新しいものを見出して行動する若者を育てたいですね。

水戸 学生が「これだ」と思える道を支えることも大学の役割ですね。

栗山 人間だれしも、それぞれの使命があると私は思っています。元ファイターズの斎藤佑樹投手は、甲子園のスターでした。ところが、プロ入りしてから故障が相次ぎ、思うような結果が出ませんでした。苦しみに打ちひしがれる彼に、私は言いました。「結果が出なくても、夢をつかむためにドロドロになってもがく。その姿を見せることが、お前の使命だ」と。彼は2021年に引退するまで、必死に戦いました。今、テレビに出演している彼はとてもいい顔をしています。

水戸 自分で限界を決めつけず、前を向いて進み続けたことが、未来につながったのですね。本日はありがとうございました。

野球も論語が絶対的なベース。ファイターズの選手全員に『論語と算盤』を配りました。――栗山英樹

くりやま・ひでき●1961年、東京都生まれ。東京学芸大学を卒業後、84年にドラフト外でヤクルトスワローズ(現・東京ヤクルトスワローズ)に入団。1年目で1軍デビューを果たす。89年にはゴールデングラブ賞を獲得。90年に現役引退後は、野球解説者、スポーツジャーナリストとして活躍すると同時に、白鷗大学経営学部教授として教鞭を執る。2012年、北海道日本ハムファイターズの監督に就任。同年、パ・リーグ制覇。16年には2度目のリーグ制覇を果たし、日本一に導いた。21年、ファイターズの監督を退任。野球日本代表・侍ジャパントップチームの監督に就任。

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