學vol.55

理事長対談 vol.24「水戸英則×鳥羽博道」

理事長対談 vol.24

因果倶時(いんがぐじ)。現在の行いが、全て未来に通じています。一分一秒を疎かにできません。

水戸 鳥羽名誉会長は、埼玉県深谷市で渋沢栄一先生のアンドロイドを制作するプロジェクトを発案し、その費用を出資されました。先生への思い入れをお聞かせください。

鳥羽 渋沢栄一先生は明治時代に500社近くの創業に関わり、今日の日本に非常に大きな影響を与えました。しかし、その功績は過小評価されているように感じます。先生の思想は、著書『論語と算盤』に残されていますが、世間には私が願っているほど浸透していません。そこで先生がアンドロイドになって講義をすれば、「論語」の大切さが広く伝わるだろうと考えました。「論語」は、できるだけ若いうちに読んでほしいですね。

水戸 親を敬え、人に対する思いやりを持て……。「論語」は、人の生きる道や考え方、道徳など基礎となることを教えてくれます。

水戸 私も同じ頃にフランスにいたのでよくわかります。パリのカフェは、席によって料金設定が異なり、外のテラスが一番高くて、次がサロン。コントワール(カウンター)は一番安い料金で、エスプレッソをさっと飲んで、すぐに出ていく人が多い。

鳥羽 そうですね。私は、それを見て「日本の喫茶業も近い将来、必ずこうなる」と直感しました。それと同時に、「サラリーマンを助けなくてはいけない!」と思いました。その頃、日本は経済成長が失速してきた時代で、ある商社の方から「国民の可処分所得が低下してきた」と聞きました。それで、サラリーマンが毎日、経済的負担がなく、おいしいコーヒーを飲めるようにするために、一杯150円のドトールコーヒーショップを始めたのです。安くすれば儲かるとは考えていませんでした。

理事長対談 vol.24「水戸英則×鳥羽博道」

理事長対談 vol.24「水戸英則×鳥羽博道」

水戸 渋沢栄一先生の考え方に続くものがあります。先生は、社会全体を幸福にすることに価値を置き、経済活動を行い多くの会社を立ち上げました。

鳥羽 言うなれば「仁」なのです。安くても立ったまま飲むコーヒーは、人の気持ちをわびしくさせます。だから店にはちゃんとイスを用意して、コーヒーカップは当時で3200円のもの、スプーンは1700円のものを使うことにしました。盗まれるんじゃないか、と心配する人もいましたが、私は人の気持ちを豊かにしたかったのです。

水戸 ドトールコーヒーが爆発的にヒットしたのは、根底に「仁」があるからなのですね。仁愛精神、人への思いやりを持つ人は、周りから敬われます。

鳥羽 私は、この世の中で一番偉い人とは、人をよりよく生かす人だと思います。釈迦は仏教によって多くの人を生かしました。私は仏教の「因果倶時」を座右の銘にしています。現在の「果」を知らんと欲すれば過去の因を見よ、未来の「果」を知らんと欲すれば現在の因を見よ。つまり、原因と結果は必ず一致していて、毎日、将来の結果に対する原因を積んでいるという意味です。私は20代でこの言葉を知って恐ろしくなりました。一分一秒を疎かにしたら、それがすべて将来につながるのですから。

水戸 勉強でも仕事でも、毎日の積み重ねが将来につながっていく、という教えですね。今の学生にぜひ伝えたい言葉です。

理事長対談 vol.24「水戸英則×鳥羽博道」

とりば・ひろみち (写真右)1937年、埼玉県深谷市生まれ。県立深谷商業高校を中退し、東京で喫茶業に入る。58年、ブラジルへ渡航。帰国後、コーヒー会社への勤務を経て、62年有限会社ドトールコーヒー(現在は株式会社)を設立。コーヒー豆の焙煎加工卸業からスタートし、72年に「カフェコロラド」、80年に「ドトールコーヒーショップ」を出店。その後も、「オリーブの木」「エクセルシオールカフェ」など次々に新業態を展開。2012年紺綬褒章受章。14年旭日小綬章受章。

みと・ひでのり(写真左)1969年九州大学経済学部卒業。日本銀行入行、フランス政府留学、青森支店長、参事考査役などを歴任。2004年、二松学舎に入り、11年理事長に就任。文部科学省学校法人運営調査委員、日本私立大学協会常務理事、日本高等教育評価機構理事など

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広報誌 『學』アジアと世界の架け橋へ。