• 二松学舎について

二松学舎について

創立142年の伝統―。
今もかわらず、真の「国際人」を世に送りだす。

二松学舎大学は1877(明治10)年10月10日に、漢学者であり、明治法曹界の重鎮でもあった三島中洲が、九段の地に漢学塾二松学舎を創立したことにはじまります。中洲は、「西洋文明の進んだ部分を自分たちのものにするには、まず東洋の文化を学び、日本人の真の姿を知ることこそが重要である」と主張し、漢学を若者たちに教授することで、有為な人材の育成を目指しました。そして古くは夏目漱石や比田井天来、犬養毅などもこの二松学舎で学んだとされています。

二松学舎の由来

二松学舎(にしょうがくしゃ)の「二松」とは、読んで字のごとく二本の松のことです。「二本の松」とは「学問をする場所」の象徴で、中国は唐の時代の名文家・韓愈(かんゆ)の「二本の松を向かいあわせに植えて、日々その松の樹の下で書物を読んだ」(「藍田県丞庁壁記」)という故事によります。これは、漢学を学ぶ者にはよく知られており、本学の創立者三島中洲も自作の漢文「二松學舍對」にこの故事を引き、「余が庭にも二松あり(中略)学舎に命じて二松と曰ふ」とその名の由来を記しています。 二本の松は、九段キャンパス中庭に植えられ、今もなお、三島中洲の精神と共に受け継がれています。