第IV部

総合討論

パネリスト

鈴木 厚 氏(BSジャパン「覇王・曹操の墓は語る!」ディレクター)
渡邉 義浩 氏(大東文化大学教授・三国志学会事務局長)
葉口 英子 氏(静岡産業大学准教授)

進行

伊藤 晋太郎(二松學舍大学文学部専任講師)

ブラウザJavaScript設置を有効にして下さい。
本サイトは、JavaScriptを使用しております。
ご覧いただけない場合は、こちらをクリックして
最新のFLASH PLAYERをダウンロードしてください。
シンポジウム第 IV 部の様子(一部)

伊藤晋太郎 伊藤晋太郎(以下、伊藤): それでは、ただ今より第IV部「総合討論」を始めさせていただきます。第I部から第III部までで講師の皆さんにお話しいただいた内容をふまえまして、第IV部ではさらにいろいろな方面から曹操という人物について、また、「三国志」の受容の様相についてお話を進めていきたいと思います。第I部から第III部までの講演内容はそれぞれみごとに住み分けられておりまして、第I部は鈴木さんなりの一次的曹操像(歴史上の曹操自身が持つ多面的な人物像)と現代中国人にとっての二次的曹操像(後世に附与された多面的な曹操像)、第II部はほとんどが一次的曹操像で、一部『三国志演義』の毛宗崗本のお話もありましたので、そこは中国の二次的曹操像、そして第III部は日本の二次的曹操像ということで、進行役としてはこれらをどうかみ合わせるかが難しいところです。

二次的曹操像と一次的曹操像の関係

伊藤: まず二次的曹操像から考えていきたいと思うのですが、二次的曹操像の幅の広さは一次的曹操像に起因するのでしょうか。渡邉先生は曹操の持ついろいろな顔を紹介されましたが、それらは二次的曹操像につながっているのでしょうか。

渡邉義浩氏渡邉義浩氏(以下、渡邉): オタク文化の分析の中で「データベース消費」という言葉を使って説明するんですが、本来的な作品の中の1つ1つの要素だけが展開していくという現象があります。一次的なものとは無関係に二次的なものだけが展開していく。例えば、曹操が女の子になったり、ガンダムになったりということですが、そういう場合、我々のような中国の古典を扱う大学にとって不都合なことは、一次的なものから二次的なものへと派生していったものが、二次から一次へとは戻っていかないことです。二次的なものから一次的なものへと関心を引っ張って来れないかということを強く考えているんですが、それにはメディアの利用が重要です。テレビ局などが取り上げてくれることが非常に大きな影響力を持ちます。大学とメディアのミックスも必要です。対中感情が悪化する中で、日本が伝統的に持ってきた中国の古典に対する意識を何とかつなげていきたいと思っています。

鈴木厚氏(以下、鈴木): 私が作った番組では、高尚な部分、文化的な部分も入れてあります。この番組を見て「三国志」や曹操に興味を持ち、文学の勉強にいそしまれる方も出てくると思いますけどね。ゲームはどうですか。ゲームをやった人が興味を持って文化の方まで行っちゃう例はありますか。

葉口英子氏(以下、葉口): 先程紹介したネットゲームのチャットでは「三国志」に詳しい人が本の紹介をしたりするし、大学にもゲームをきっかけに中国語を学びたいと思ったという学生がいます。渡邉先生は二次的なものから一次的なものにさかのぼっていくことはなかなかないとおっしゃいましたが、中にはさかのぼる子もいるんじゃないですか。

鈴木: 多いですか。

葉口: 多いとはいえないと思います。10人に1人いればいいくらいですかね。

伊藤: 10人に1人もいれば、むしろうれしいくらいです。

『蒼天航路』について

伊藤: 渡邉先生のお話の中に二次から一次にはなかなか戻っていかないとありましたが、葉口先生のお話にも出てきた『蒼天航路』は曹操を主人公にしたマンガですけれども、鈴木さんはお読みになったそうですが、お読みになって一次的曹操像に戻っていると感じましたか。あるいはそうではないと感じましたか。

鈴木厚氏鈴木: 一次的曹操像に戻っている面が多分にあったと思いますね。曹操の描かれ方はかなりイケメンだし、デフォルメされて作られた部分もかなりあるから、まさかこんなことはないだろうという場面もたくさんありますが、その中に中国の古代ロマンのテイストも含まれています。当時の歴史を詳しく調べたくなるようなテイストも多くあります。一次的曹操像に戻るような道筋を作られたものだと考えます。

伊藤: 曹操は悪玉のイメージで知られていますが、『蒼天航路』もあるし、最近は小説『三国志演義』よりも歴史書の『三国志』を一生懸命勉強されている方が増えていますので、曹操について今までと違うイメージを持つ人が増えてきました。

渡邉: 『蒼天航路』はいろいろ勉強して描かれていますよ。

曹操のビジュアルと日中の曹操像の違い

伊藤: 葉口先生のお話の中に、ビジュアル面から曹操のイメージが形作られるとありましたが、渡邉先生が字幕の監修をされたドラマ『三国志 Three Kingdoms』の曹操と、葉口先生のご講演の中に出て来たゲームの中の曹操とでは、ビジュアル面においてかなり差があったと思います。葉口先生、ドラマの曹操と、『真・三國無双』の曹操とを見比べて、どのように感じましたか。

葉口英子氏葉口: 生身の人間がやるドラマと、二次元のゲームとでは全然違ってくると思うんですね。生身の人間がやる場合、ストーリーや役割に沿ったビジュアルを優先するんでしょうけど、ゲームやマンガはいかに外見を含めたキャラクターでゲーマーや読み手をひきつけるかという要素があります。

伊藤: ジャンルの違いということになるんでしょうね。鈴木さんの番組では曹操の石像がたくさん出てきましたけど、日本のゲーム等の曹操と比べてどう感じましたか。

鈴木: 中国では政府がメディアだけでなく教育も掌握しています。教育によって歴史上の人物の善悪を決めており、政府の都合のよいようにどういう人物か特定してしまいます。毛沢東の時代、曹操は優秀な政治家と評価されたので、子供たちも教科書を通してそういう勉強をさせられています。日本のサブカルチャーと比べると、中国では曹操は偉大な人、国のために尽くした人というイメージで見られています。国がそうせしめている嫌いがありますね。だから英雄というイメージが強いんだと思います。

伊藤: 日中それぞれの伝統等の背景の違いが、ビジュアル面に出てきているといえるのでしょうね。一方、映画『レッドクリフ』の曹操は伝統的な悪玉でしたが、今回のドラマ『三国志 Three Kingdoms』は曹操を肯定的に、前半は主人公的に描いていると聞いています。同じ国の、ほぼ同時期の作品でこれだけ変わってくるのはどうしてでしょうか、渡邉先生。

渡邉: 私は日本語訳の監修をしただけで映像を作ったわけではないから、印象論になりますが、『レッドクリフ』の場合、PartIの曹操は小喬を狙っていくエロジジイでしたが、PartIIの曹操は、「短歌行」を吟じたり、病気の兵を見舞って自分の志を語ったりしていて、PartIよりもPartIIの方が日本でも中国でも評判がよかったんですね。中国では先程出てきた毛沢東の再評価のため、基本的に曹操を悪く描かない。日本では『蒼天航路』の影響なのか、曹操の評価が高い。『三国志 Three Kingdoms』も『レッドクリフ』の影響下にあり、PartIIのいい形の曹操の描かれ方をされています。ドラマでは「黄巾の乱」も「桃園結義」もなく、いきなり曹操が董卓暗殺をはかるところから始まり、曹操を前面に出す意図が見られます。三国時代の人物で誰が好きかといわれれば、人によって答えは異なると思いますが、三国時代で最も歴史的に重要な人物は誰かといわれれば、曹操であることは動きません。だから、ドラマでこのように曹操が取り上げられるということはいいことだと思います。

伊藤: 『レッドクリフ』PartIIは曹操が主役のように描かれていた印象がありますが、その意味ではPartIIの方が評価がよかったというのは、中国の教育など社会的背景も考え合わせれば、納得がいくことですね。

「三国志」から中国古典・中国史・現代中国へどう興味をつなげるか

伊藤: この討論会でどうしても話題にしたかったのは、「三国志」が好きな人は世の中にたくさんいるのに、その人たちの中に「三国志」と現代中国との連続性が見られないということです。「三国志」が中国の歴史に基づくことは皆頭の中で分かっているはずですが、どこか遠い所のお話って感じでとらえられている。「三国志」と今の中国が連続してとらえられていないとずっと感じてきました。葉口先生、『ブラウザ三国志』のプレーヤーの方々についてはどうでしょうか。

葉口: 中国で反日感情が高まっていることは報道されていますが、ゲーマーたちにはその辺のところが希薄です。日本で二次・三次創作の「三国志」に熱中している若い人たちにとって、同時進行で起こっている中国の問題、あるいは日中関係の問題について、なかなか結びつかない。チャットでは日中関係や政治問題は話題になりません。今の若い人たちは、かなり倒錯した閉鎖的な日本独自の文脈の中で「三国志」を成立させていることを考えると、残念ながら今の中国にはつながっていかない。つながっていかないからこそ、むしろ自由な発想ができるといえます。もし中国の人が私のさっきの発表を聞いたら、けしからんと言われるのではないでしょうか。中国の人が日本での「三国志」の扱われ方を知ったらどう思うか興味深いです。

鈴木: 今度どんな反応をするか見てみます。

伊藤: そうですね。例えば、尖閣諸島の問題が起きたから、「三国志」を嫌いになったという話は聞いたことがありません。また、曹操の人物像について評価がゆれて今に至るも議論の対象になっているにもかかわらず、現代の中国には結びついていかない。そのギャップが面白いというか、問題があるというか、疑問ですけれども、鈴木さんはいろいろな中国の問題を取材されていますが、日本の方で「三国志」と今の中国を結びつけたようなことをお聞きになっていませんか。

鈴木: ないですね。

伊藤: 今回の番組に対する視聴者のリアクションにはどんなものがありましたか。

鈴木: 様々なご意見・ご感想がありました。一次的曹操像を知らなかった人から、曹操の実像が分かったという素直な反応が多かった一方、それと同じく多かったのは、『三国志』『三国志演義』に詳しい方から、内容が浅いという文句。その両極端に分かれました。前者については私も嬉しかったですね。

伊藤: 浅いって言われるのは仕様がないですよね。テレビですからね。

鈴木: そうしないと見てくれませんから。何も知らない人がおせんべい食べながら見るわけですから。

伊藤: 話を戻しますと、「三国志」から中国古典・中国史・現代中国に人々、特に若い人の関心を向けていくための方法、さっきメディアの話が出ましたが、何か他に画期的なアイデアはないでしょうか。葉口先生、ぜひ我々中国文学科と違う立場の方のご意見をお聞きしたいのですが。

葉口: ゲームをしている人は、その内容について史実と違うだろうということはうすうす分かっているから、渡邉先生のような学問をやっている方の見解を聞くのは面白いんですね。『蒼天航路』や『レッドクリフ』などをきっかけに、その内容について実はこうだった、こういう解釈ができるという話を講義なんかで聞くと、学生も興味を持つのでは。

伊藤: 我々がそういう場に出て行くことが必要ですね。鈴木さん、そのための番組作りの具体的方法なんてないですかね。

鈴木: 残念ながら、今は不況のため、企業が広告費を削っています。テレビ局に落ちるお金が減る。そういう時は目の前にあるもの、ラーメン・子犬・赤ちゃんなどをうつしておけば視聴率を取れるという原則があります。よくないことですが、視聴率が上がらないとスポンサーがつきません。「三国志」なんて誰が見るか、ということになってきています。だから、今は難しい。私のアイデアとしては、皆さんがテレビを見ていてひきつけられないのなら、「三国志」や曹操についてはゲームが皆さんのインターフェースになっているのなら、そっちから攻めるべきだと思います。ゲームから入り、そこから一次的なもの、高尚なレベルに持っていける仕組みを作った方がいいんじゃないですか。テレビには今たよれません。

伊藤: 「三国志」についての番組すらそういう状況だと、メディアにたよるのはちょっと難しいですね。最後に渡邉先生。

渡邉: 暗い話に暗い話を重ねることになりますが、我々もやることはやっています。1つは、『レッドクリフ』にあわせて「三国志検定」というのをやりました。2回の実施で5〜6千人が受験しました。『レッドクリフ』を見たのが、PartIが400万人、PartIIが460万人、計800万人ほど見て、受験者は6千人くらい。また、「三国志学会」というものを作りました。研究者だけでなく一般の人も入れます。会員は350人。あとどうすればいいかは考え中です。答えになりませんでしたね。何が言いたいかというと、「僕は頑張ってるぞ!」ということです。温かく見守って下さい。

会場からの質問コーナー

伊藤: 会場の皆様からもご質問を頂戴しております。まず鈴木さんへ。「曹操のお墓への行き方は?」という曹操ファンにとっては重要な質問です。

鈴木: 今年(2010年)の11月くらいから、北京から曹操の墓のある町の安陽まで新幹線が通ります。確か3時間半から4時間くらい。安陽の町からタクシーで40分。お墓の近くには泊まるところはありません。食堂すらありません。お弁当を持っていった方がいいです。

伊藤: 渡邉先生に、「歴史上の曹操についてお話しいただき、よく分かりました」という感想が来ておりますが、「それでもやっぱり曹操は偉大な人物なんですか?」という質問が複数来ています。

渡邉: 偉大だと高く評価しています。3〜4世紀、地球は寒かったんですよ。北方民族が南下してきて南にあった大帝国がつぶれていく時代です。ゲルマン民族が入ってきてローマ帝国がつぶれ、ヨーロッパは二度と統一することはありませんでした。中国の場合も、三国時代から370年くらい分裂の時代が続きますが、隋や唐がまた統一国家を作ります。現在の我々は当たり前のようにこのことを見てますが、言葉も地方によって違い、そもそも土地がヨーロッパより広く、人口もEUより多いので、一つの国であることがむしろ異常なんですね。儒教は「大一統」という、統一を尊ぶ理念を出していますが、具体的な手段がなければ、分裂の傾向は止みません。その中で曹操が屯田制で作った「租」と「調」のシステム、それが後の「租庸調」や「均田制」になっていくわけで、それがあったから隋唐は統一に向かったわけです。中国の今のあり方を規定するくらいの歴史的意味を曹操は持っています。

伊藤: 曹操は偉大な人物だということです。

渡邉: 好きなのは諸葛亮です。曹操は嫌いです。『三国志演義』で好きなのは趙雲です。

伊藤: 今、渡邉先生に好きな人物を出していただきましたが、他のお二人はどうでしょうか。そういう質問も来ているのですが。

鈴木: 私は曹操が好きですね。入れ込んでいるせいもありますが、後で悪者にされちゃったのにカッコよかったというところが好きです。

葉口: ゲーム上でいいですか。呂布が好きなんです。強いから。学生からは、「先生は分かってない。あいつはひどい奴だよ。裏切るし」と言われますが、私は呂布が好き。強いから。

伊藤: 文学の世界では、呂布は「才子佳人」ものの「才子」、つまり美男子的な役割を「佳人」の貂蝉とセットになって与えられています。だから、学生さんが言うほどのことはありません。

渡邉: 中国の民間では、呂布と貂蝉の愛を描いたものが広まっています。『三国志演義』ではそれがないんですけど。今回のドラマもそれを取り入れ、貂蝉が呂布の奥さんにおさまり、呂布が裏切ろうとするとそれを諫めたりする賢夫人として描かれています。呂布をそのように描くのは、中国古典文学の伝統です。

伊藤: 葉口先生に対するご質問です。「パロディー創作文化のスタートである、いわゆる二次創作同人誌、コミケなどのサブカルチャーの潮流・傾向が「三国志」ものに与えた影響についてはどう考えておられますか」。

葉口: パロディー、いわゆる三次創作になるからには、そのもととなった二次創作があるわけで、もともとはそれがマンガだったのですが、2000年以降はゲームから同人誌・パロディーになるようになりました。それが今のオタク文化の主流じゃないんですかね。今の若い人たちにとって最も身近なメディアは、鈴木さんには申し訳ないですけれども、テレビよりもゲームとかネットにシフトしているわけで、大学側も頑張らなければいけないというお話でしたけど、私はテレビとかビジュアルがすごくいいと思います。例えば、ドラマのDVDを学生に見せて、こう描かれているけれども、実際はこうだったんだよ、という話をすればいいと思います。今の学生は本は読まないし、マンガも文字が多かったり、冊数が多かったりするとダメ。テレビも見ない。活字よりも視聴覚的なものがひきつけると思います。

伊藤: ゲームはこうだけど、史実や『三国志演義』ではこうなんだよ、という話を授業でするには、渡邉先生、我々もゲームをしなくてはいけないですね。

渡邉: したことないんですけどね。ダメですよね、それじゃ。シミュレーションゲームの『三國志』が出た85年は大学院に入ったばっかで、勉強しなければいけない時期でした。だから、ゲーム世代じゃないんですけど。伊藤さんはゲームやるんですか。

伊藤: 実は、葉口先生のお話には出てこなかったナムコの『三国志 中原の覇者』というゲームをやって、それっきりなんですけど、『真・三國無双』はゼミの学生に合宿でやらされました。でも、運動神経がないんでアクションゲームは苦手です。ちょっと時間が押しましたので、これで第IV部を終了させていただきます。講師の皆さん、本日はどうもありがとうございました。