第I部

鈴木 厚 氏

鈴木 厚 氏BSジャパン開局10周年記念番組「三国志ミステリー 覇王・曹操の墓は語る!」ディレクター。株式会社オフィスエム所属。普段は主に中国に関するさまざまな問題を取材し、報道番組の制作を手がけている。

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シンポジウム第 I 部の様子(一部)

私はBSジャパン開局10周年記念番組「三国志ミステリー 覇王・曹操の墓は語る!」という番組を作ったのですが、なぜこのような番組を作ろうと考えたのか、そこからお話しします。全ては2009年12月に曹操の墓が見つかったというニュースが飛び込んできたことから始まりました。びっくりしましたね。私は中国関係の報道・ドキュメンタリー系のテレビ番組を作っているので、曹操の墓についての番組を作れないかという話も来ました。しかし、こうも思ったのです。

本物かよ?

1つ目は、この墓が本物かという疑いです。2010年10月19日、国際ジャーナリスト団体「国境なき記者団」が、2010年度の「世界報道自由度ランキング」を発表しました。これによると、中国は世界178か国中171位でした。ニュースの検閲や抑えつけが原因です。ちなみに、北朝鮮は177位。最下位は最近クーデターがあったばかりのアフリカ北東部のエリトリアでした。日本は案外高くなくて11位。米国は20位。トップ5はフィンランド・アイスランド・オランダ・ノルウェー・スウェーデンの北欧勢です。

だから、中国で報道されたことが正しいか、あれが本当に曹操の墓かどうか分からなかったんです。中国政府が仕切っている報道が本当のことを言って作っているのか分からない。自分が番組を作った場合、中国の政府が墓の内部を撮影させてくれるのか。日本で番組を作っても、墓の真贋を明らかにするような番組にはできないと思いました。

曹操かよ!

専門家でない自分にとっての「三国志」は映画『レッドクリフ』(ジョン・ウー監督)。映画の中では、曹操は極悪非道で、裏切り者は側近の部下であっても毒を盛って殺してしまうような悪玉です。北の大地で次々と戦争を起こし、勝ち抜いて、南の中国まで、つまり中国全土の帝王に君臨しようとする人。映画で描かれる「赤壁の戦い」では、劉備はとても民衆思い。その部下である関羽・張飛、そして金城武演じる諸葛孔明なども、完全に善玉であり、曹操は弱くて善良な劉備たちの前に立ちはだかる冷酷で残忍な悪玉でした。弱い劉備・関羽・張飛・孔明が結託して、北の大地を制圧した強い曹操に対抗してやっつける、これが私の中の「三国志」でした。だから、なぜ見つかったのが劉備や諸葛孔明の墓ではないのか、「曹操かよ! ちぇっ、残念だな」と思ったのです。

曹操の生まれ故郷で

亳州の古い町並み しかし、曹操の墓の番組を作ってほしいというオファーがあったので、どうしようかと考えました。そこで、すぐに疑ってかかる自分の職業病が出てきたんですね。本当に曹操は悪玉なのか、と。少しネットで調べてみると、そんなに悪玉でもないという情報が出てきました。

そこで、中国にロケハン(ロケーションハンティングの略)に行ってみました。まず曹操の生まれ故郷である亳州(安徽省)に行きました。亳州に行くには、日本から北京まで飛行機で3時間。北京で数時間乗り換えの待ち時間があって、河南省の省都・鄭州まで1時間少し。その鄭州の飛行場から駅までバスで1時間。鉄道に乗り換えて、亳州まで6時間。だから着いたのは、夜中の1時すぎでした。まるまる1日以上かかったことになります。亳州では日本人はほとんど見かけず、観光地にもあまりなっていない場所でした。後世に伝えていくために古い町並みを再現した通りもありましたが、そこの建物自体がもう古くなっていました。

亳州駅前曹操像 ところが、駅前に行くと曹操の巨像がありました。ここは観光地でもないのに悪人の像を立てるだろうか、悪役というイメージは違うのではないか、と思いました。

亳州の町の中心には「曹操公園」があります。その中にも曹操の石像があり、また、曹操記念館もあります。公園の中には小山みたいなものがたくさんあったんですが、これが何と曹氏一族の墓。ただし、曹操自身の墓は見つかっていません。

亳州の町の人に話を聞くと、みな口々に曹操を誉めます。「偉大な政治家」「政治だけじゃなく、軍事家、文学者」「中国を代表する政治家」「いい人」「英雄だ」「偉大な人」「ヒーローだ」。中には曹操の詩を朗読してくれた小学5年生の少女もいました。亳州の人は曹操を自分たちの町が輩出した偉人として尊敬していました。

番組演出の方向と西門豹

西門豹祠の石碑 『三国志演義』は民衆への語りで広まったといいます。その現代版が映画『レッドクリフ』。「強い曹操に、弱い劉備や孫権が力を合わせて対抗する」という演出がなされています。そこで、曹操が実は悪玉ではないのなら、その反対の演出をすればいいのでは、と思いました。強く、極悪非道な曹操というイメージがあるが、本当はいい人だったんじゃないか……。こういう演出をすればいいのではないかと考え、次に曹操の墓が見つかった安陽(河南省)に向かいました。

地元政府の人に最初に案内されたのは西門豹祠という場所でした。ただし、今は祠はなく、かつてそれがあったことを示す石碑が建っているだけです。西門豹は紀元前400年頃の人で、この地方で現在の知事にあたる官職にあった人です。生け贄などの古い悪習を廃し、農業用水を多数作って、民衆のための新しい政治を興しました。このあたりでは有名な人物みたいで、石碑の近くに近所の農民が線香をあげにくるレンガ造りの小屋がありました。中には粗末な西門豹の位牌もあります。地元の人は、「彼がいたから水が引けて農業ができた」「彼が野菜の作り方を教えてくれた」と口々に言います。日本では考えられないほど昔の人が今に至っても尊敬されているんです。

なぜ地元政府の人はこんなところに私を連れてきたのかといいますと、曹操が死ぬ前に次のような命令を出しているからなんです。
「西門豹祠の西の平地に私の墓を作ってくれ――」

いざ、曹操の墓へ

曹操墓発掘現場の様子 そこで、西門豹祠の西の平地にある曹操の墓にロケに行きました。曹操墓をカメラにおさめたのは、海外メディアとしては我々が最初です。ロケに行ったのは、今回のシンポを開いて下さり、番組でも、この人なしには成立しなかった伊藤先生。そして、俳優の北村一輝さん。北村さんは小さい頃にNHKの『人形劇 三国志』で「三国志」が好きになり、それ以来、興味を持ち続けていたそうです。実は、芸能界の「三国志」好きの人にいろいろ声をかけたんですが、スケジュールがなかなか合わなかったんですね。そんな時、北村さんが事務所は関係なく自ら手を挙げてくれました。それほど「三国志」が好きなんです。

曹操の墓は、平均収入の低い貧しい農村のはずれの麦畑の中にあります。安陽の町から車で40分ほどですね。墓の管理体制は厳しく、許可がないと入れません。

体育館の屋根のようなドームの下に墓があります。カメラだけが墓道を下りることを許されました。この時は夏に近い時期でしたが、40メートルほどの墓道を下りていくと気温が下がっていきます。地下15メートルくらいまで下りるんですが、下りていくと音がなくなります。左右の壁は三国時代の土で、簡単に突き固めただけなので、いつ崩れてくるか分からずこわかったです。墓門のそばまで来ると息が白くなります。外は25℃でしたが、一番下は10℃くらいでした。それもあって曹操の呪いにやられないか心配になりました。

曹操墓の上にあいた穴 墓の中は今の住宅でいうところの6LDKとか7LDKくらい。広い石室が15メートルくらい下にドーンと埋められています。ライトで内部を照らすとかなり広いことが分かります。

墓の上に2箇所穴が開いています。地元の人は曹操の魂が出入りする穴だというんですが、墓室にまでは通じていません。ただ、この穴がこのあたりの地名である「西高穴村」という名前の由来らしいんですね。ということは、村の名前ができた時から、ここに古墳があると知られていたことになります。

中国のニュース映像によって墓室の内部を見ると、アーチ状の天井に盗掘の穴が開いています。発掘前の墓の航空写真からも一段下がったところに盗掘坑があるのが分かります。このあたりの農民がレンガ造りのために曹操墓の後方にあたる部分の土をどんどん採取していたら盗掘坑が見つかったのです。それで、「ここに古墳がある」と分かって、プロの盗掘師が盗掘に入ったんですね。地元の警察の話では、盗掘師を捕まえて盗まれた物はほとんど回収したということです。回収した物の中から、ここが曹操の墓であることを示す証拠が見つかったので、ここを曹操の墓と断定したというのですが、信じるかどうかはあなた次第。

番組としては、この墓が本物かどうかという作りにすることは、ためらわざるを得ませんでした。じゃあ、どうする? ということで、曹操の人物像を追うことにしました。そこで、曹操ゆかりの地を回りました。

鄴城と赤壁

赤壁摩崖石刻 まずは河北省にある鄴城です。ここは曹操が作った都です。河北省の人は河南省の安陽で見つかった墓を曹操のものではないと否定しています。曹操の墓は我々の鄴城の近くにあるはずだと信じているのです。ここにも英雄である曹操の石像がありますが、曹操の時代の遺物は当時の楼台の土台だけです。

赤壁(湖北省)にも行きました。赤壁は本当に不便な場所にあります。そんなに大きくない崖っぷちに「赤壁」と書いてあります。ここには観光船がないのでロケでは船をチャーターしました。観光地にもなっていないんですね。食事するにもまともなレストランはなく、「トイレはどこ?」という感じです。これから観光地化が進むと思われます。

曹操の墓が語ること

曹操墓墓道 今回の番組作りを通して、中国の人々は、非常に現実的だと感じました。歴史ロマンよりも、自分たちの町が観光収入で栄えることを期待しているようです。2010年9月末頃から、曹操の墓に一般人が入って見学することが可能になりました。もちろん、入場料は取りますが。海外のマスコミはまだ墓の中には入れません。今後もあきらめずに申請しようと思っています。

安陽は曹操の墓が見つかったということでかなり潤うだろうといわれています。墓の近くでは、曹操キーホルダー・曹操クッキー・曹操マスコット人形などがいっぱい売られています。もうすでに動き始めているわけです。中国人はバイタリティーがありますね。

自分がこの番組制作を通して感じたことは、このシンポジウムのテーマでもある「非常之人」、つまり、普通じゃないほどスゴイ人だったということです。曹操が生まれたのは、実に1855年前。その間、無数の人々が、絶えることなく、彼のことを意識している。漢帝国という世界の歴史に名を残す国家から、一つの時代を切り開いて、政治や文学に大きな業績を残したにもかかわらず、偉大な帝王だったにもかかわらず、「西門豹祠の西に私の墓を作ってくれ」という言葉を残して死んでいます。さらに、「木も植えるな、宝物も入れるな、質素な墓でよい」とも命じています。

鄴城遺址の曹操像 映画『レッドクリフ』では、彼は悪玉でした。でも本当は民衆のために尽くした昔のお役人である西門豹にあこがれたのではないか、本当は民衆のために何かやりたかったのではないか。番組の方でも最後に西門豹をピックアップする構成にしました。

「非常之人」曹操は悪役と思われつつも、本当はいい人だったんじゃないか、民衆のために何かやりたかったんじゃないか、ということで私の感想とさせていただきます。お墓がそう語っているように感じました。

第 I 部に参加した方の感想

  • ・ホットな話題を取り上げていて非常に興味深かった。
  • ・今まで曹操の墓から曹操の実像を検討するということはなかったので、今日の話は大変興味深かったです。実際、鈴木さんが作った番組を見たいと思ったのですが、見逃したので再放送をお願いします!
  • ・実際の番組を見ることができなかったので、概要を知れたことが良かった。日本において、まだ曹操の墓について明らかにされていないので、面白かった。西門豹の話なども楽しかったです。結局、あの墓が本物かどうかの確証を得られなかったのが残念。
  • ・曹操の墓が見付かったというニュースが流れたとき、自分もびっくりしたけれど、中国でもすごく大きなニュースだったことを初めて知りました。
  • ・私自身の中の曹操像が『三国志演義』の悪役としてのイメージが強かったが、イメージが変わりました。善人とは言えないが悪人ではないというイメージになりました。軍略家・政治家・文学者としての一面もあると知っていたが、やはり『三国志演義』のイメージが強かったです。悪役の人として受け取られやすいのではないでしょうか。墓は本物なのか気になります。
  • ・文学的な視点とは、また違った観点での曹操像の話、大変楽しく聞かせていただきました。私も基本的に曹操は“ヒール”というイメージを持っていたので、やはり中国の方への取材は大変貴重だなと感じました。
  • ・曹操が民衆のためを想っていた、というのは、私もそう思います。
  • ・さすがにディレクターだと思いました。実地検証と真実を求めるジャーナリスト精神でせまる曹操像が心に残りました。私はまだ曹操は悪役と思っています。
  • ・初心者でも曹操像が見えてくる説明で理解しやすく良かったです。現地の人の曹操像も聞けた事も良かったです。
  • ・中国で曹操が「英雄」と言われているのを知ってびっくりしました。
  • ・収録の裏話や現地の人の話や表情が詳しく説明されていたので分かりやすかった。
  • ・西門豹の祠の西に墓をつくれといった曹操の心境のようなものを考えさせられる発表であり、とても興味深かった。他にも曹操の墓にあけられた穴についての考察も大変興味がひかれた。
  • ・西門豹祠など知らなかった名所がわかって、面白そうだと思いました。せっかく今は墓内部に入れるというのだから、この機会に行ってみたいと思いました。
  • ・番組が三国志ビギナーズ=一般視聴者向きの視点で製作された経緯が分かりやすく解説されていて、興味深かったです。ただやはり、あの番組の構成そのものがビギナー向きに過ぎたようにも思います。
  • ・鈴木氏のお話はとてもわかりやすく、未知の国、中国に案内されたような気がしました。西門豹のお話も初めて知りました。本当にミステリーだと思います。
  • ・マスコミという立場から考えた講演の内容がとても興味深く、楽しかったです。
  • ・番組も見ましたが、さらにその解説・ロケハンなども見れてよかった。
  • ・曹操の事の他、テレビ業界のことについても知れたのがよかったです。
  • ・専門家でないながら、自身の体験・思った事を話していただけて良かった。墓の内部に海外メディアが入れるようになったら、また行って欲しい!
  • ・曹操の墓、本物かどうか、続報を知りたいところですが、偽物かもとなったら、番組にするのはむずかしいでしょうね。