各学部・学科ホームページ
お問い合わせ
スペシャルコンテンツ

第2回 分配問題を考える ― 規範経済学への招待  国際政治経済学部 専任講師 岩田 幸裕

 このページのテーマは『国際経済A to Z』とありますが、本文ではもう少し幅広く、経済学の考え方を紹介します。このページをご覧の多くの方は高校生や大学生ではないでしょうか。その中には、経済学というのは景気の動向や株価の予測、あるいはお金儲けの方法を研究する学問だという印象を持たれている方もいるかもしれません。しかし、実際に大学で受講することになる経済学と、上記のような印象や高校生のときに学習した「政治経済」とのギャップの大きさに戸惑う学生が数多く存在します。今回はそのような学生、あるいは将来の学生のために経済学の考え方を少しだけ紹介します。

経済学は希少な資源をどのように活用するかということを研究する学問だと言って差し支えありません。資源とは、石油や石炭などのいわゆる天然資源に限らず、お金や時間なども含めた幅広い概念です。希少性の問題は人々の欲求に対して、資源の総量が少ないことから生じます。買いたいものがたくさんあるにもかかわらず、おこづかいが少なくてすべてのものを買えるわけではないというのは経済学の扱う希少性の問題の典型例です。資源は希少であるがゆえに、それをできるだけうまく活用する方法を考えなければならないわけです。

 ここでは、希少性に関わる問題のなかで、特に希少な資源をどのように分配するかという問題を考えていきましょう。最近よくテレビや新聞等でも論じられている経済格差の問題は所得に関する分配の問題と考えることができます。分配の問題を論じようとすると、できるだけ自分の取り分を大きくするにはどうすればよいかということに注意が向きがちですが、希少な資源を分配するわけですから、ある人の取り分を大きくすることは、別の誰かの取り分を小さくすることにつながります。したがって、ここではあくまで社会全体にとって望ましい分配とはどのようなものかということについて議論します。具体的には、母親が焼いたパンケーキを、長女、次女、三女の3人の子供に分け与える状況を考えてみましょう。まずは望ましいパンケーキの分配とはどのようなものか検討するために、いろいろな分配方法を考えてみましょう。

  1. ①早い者勝ちで分配する
  2. ②母親が切って分配する
  3. ③子供たちが話し合って分配する

 もちろん、ここで考えた3つの分配方法以外にもさまざまなパンケーキの分配方法がありえます。現実の経済でもさまざまな方法によって資源が分配されています。たとえば旧ソビエト連邦などの社会主義経済では、資源の分配の意思決定が政府に集中管理されていました。また、資本主義経済では、資源の分配の大部分は市場での取引による個人の意思決定にゆだねられています。

 さて、パンケーキの分配の望ましさを議論するために、望ましさの基準について考えます。分配の望ましさのような価値判断を含む経済問題を扱うためには望ましさの基準を明示しなければなりません。どのような意味で望ましいのか基準がはっきりしていなければ比較のしようがないわけです。そこで、まずは分配の「結果」に注目してみましょう。

 ここで、3つの分配方法は結果的に次のような分配に到達したとします。①の分配方法では、たまたま台所にいた三女がパンケーキを独り占めしてしまいました。②の分配方法では、母親がパンケーキを3等分したので、3人の子供たちにそれぞれ均等分配されました。③の分配方法では、公平な分配とは何か議論した末、パンケーキを3等分することに合意したので、3人の子供たちにそれぞれ均等分配されました。

 そして、望ましい分配とは、『分配の「結果」に関して、取り分がもっとも大きい人ともっとも小さい人の差をできるだけ小さくすることだ』と考えてみましょう。この基準を採用したならば、①の分配方法によって実現したパンケーキの分配は望ましい分配とは言えません。なぜなら、子供たちのパンケーキの大きさに差はない②と③の分配方法と比較して、①の分配方法は、取り分がもっとも大きい三女ともっとも小さい長女、次女との間で、パンケーキの大きさの差がより大きくなっているからです。実際、早い者勝ちで分配しようとすると運や要領の良さなどに依存して分配がかなり不均等になる可能性が高くなります。

 それでは、分配の「結果」のみに注目すれば、望ましい分配が議論できるでしょうか。 ②と③の2つの分配方法について考えてみましょう。この2つの分配方法は結果的には等分のパンケーキをそれぞれの子供たちに分配しています。したがって、分配の望ましさの基準が分配の「結果」に限られてしまうと、2つの分配方法を区別することができず、等しく望ましいと判断せざるをえません。しかしながら、一方は均等分配を強制されているのに対して、他方は分配の「プロセス」に参加した上で均等分配に到達しているという違いがあります。すなわち、②の分配方法は分配の「プロセス」に参加する権利を奪われていますが、③の分配方法は分配の「プロセス」に参加する権利を与えられています。この違いを考慮して後者を前者よりも望ましいと判断するためには、分配の「プロセス」を、分配の「結果」をもたらすための単なる手段と考えるのではなく、分配の「プロセス」自体が望ましさの基準の中に含まれていなければなりません。このように、分配の望ましさを判断するためには分配の「結果」だけを問題にするのではなく、分配の「結果」をもたらした分配の「プロセス」も問題にしなければならないことがわかります。

 ところで、本文で議論した分配の望ましさのような価値判断を含む経済問題は規範経済学と呼ばれる分野に属しています。規範経済学はさまざまな利害関係が複雑に影響しあっている経済問題に全般的な判断を下すための分析枠組みを提供します。それは実際の経済政策の分析でも大いに有効性を発揮します。問題となっている政策がどのような目的や価値観に基づいているかを明確にしておけば、政策の恩恵を受けた人と損失を被った人を体系的に比較することができます。政権交代が実現した日本では、これからどのような政策が提案されていくのか大変注目されるところです。

「国際経済 A to Z」一覧はこちら