■ 江戸医学館講書記録      
         
         
  本プログラムの一環として、200492日〜10日に実施した中国調査―上海(上海図書館9/3・復旦大学図書館9/4・華東師範大学図書館9/10)・杭州(浙江図書館9/7)―において、町は主に日本医書(漢方・針灸)の資料調査を行い、大量の日本医書の伝存を確認し(例えば上海図書館だけで150点以上)。さらに実査した資料のうちに、いくつかの新資料を見出した。第56回日本東洋医学会(2005/5/2022、於富山市 富山国際会議場・富山市民プラザ)においてその成果の一部を発表した。演題および要旨は以下の通りである。

 

 

 

新出の江戸医学館講書記録上海図書館所蔵

 

町泉寿郎・※小曽戸洋2・石野尚吾2・花輪壽彦2

(1:二松学舎大学、2:北里研究所東洋医学総合研究所)(※:書誌学目録データ班協力者

 

【緒言】新たに見出した上海図書館に所蔵される()佚名輯『医学講習会日程』(原名缺)稿本1冊[請求記号:長461079]について紹介する。

【方法・結果】本資料は幕末某年上半期(/267/2、4・5月缺、現存10丁)の幕府医学館における別会講義(陪臣・町医対象、1627の日に開講)の記録である。講師各自がそのつど記した一次資料であり、同種の資料は伝存未詳の『躋寿館出席留』(川瀬一馬報告、安田文庫旧蔵)が知られるのみである。講師・講義対象は次の通り。森養竹(立之)―傷寒論、稲葉文貞―霊枢、県玄節―難経、佐藤元萇―金匱要略、橘宗俊―難経。ほかに森養真(約之)と今村了庵が7月2日付けで新規加入している。上記の顔ぶれから、本資料は医学館最末期の記録であることが知られる。

【考察】本資料の裏面には、明の比較的早期と見られる藩版『漢書』列伝巻43(柱刻「徳藩最楽軒」)零7葉が貼付され、朱筆の丁付け(森立之筆)がある。このことから本資料は、森立之が講書記録書類を明版零葉の裏打ちに使用したものであることが知られる。森立之が『躋寿館出席留』の反古裏を自著の料紙に利用したことは、既に川瀬に報告がある(『日本書誌学之研究』p517)。よって本資料は『躋寿館出席留』の零葉であると推定できる。森立之が藩主の病用で福山に赴く記事のあることから(7/2)、本資料は慶応二年(1866)の記録と同定できる(『日本書誌学之研究』p801)。この年、各講師の年齢は森立之(60)・稲葉文貞(46)・県玄節(52)・佐藤元(49)・橘宗俊()・森約之(32)・今村了庵(53)。旧蔵者の蔵印「南通馮氏景岫楼蔵書」「馮雄」。