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著書紹介

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山口直孝編 『大西巨人――文学と革命』

山口直孝編 『大西巨人――文学と革命』
  • 編著者:山口直孝
  • 出版社:翰林書房
  • A5版 455頁 3,800円+税
  • ISBN: 978-4877374266
  • 発売日:2018年3月20日

大西巨人と『神聖喜劇』

 大西巨人、という作家をご存じでしょうか。一般的な知名度は残念ながらまだ高くありませんが、現代日本において最も重要な作家の一人です。批評家の小谷野敦は、代表作の『神聖喜劇』が翻訳されていたら、ノーベル賞を受賞していただろう、と述べています。『神聖喜劇』は、アジア太平洋戦争中の対馬の兵営を舞台に、一人の青年知識人が虚無主義から脱却していく過程を描いた大長編小説です。上官への服従を強いられるなど理不尽が横行する軍隊において、主人公東堂太郎は、法規を盾にした抵抗を試み、彼のがんばりに共感する仲間たちが徐々に現われていきます。日本語で書かれた小説の「ベスト・ワン」、「人間というものが、きわめて馬鹿々々しい存在であると同時に、素晴らしい力を秘めたものでもあると、大笑いしつつ感得できる傑作」と激賞したのは、小説家の奥泉光です。論理と同義とを重んじ、同時にユーモアを愛した大西巨人の小説・批評は、今後ますます評価を高めていくでしょう。

蔵書調査の報告とさまざまな考察

 大西巨人は、2014年3月12日に亡くなりました。本書は、大西巨人の遺した蔵書約1万1千点を丹念に調べた成果をまとめたものです(調査は、2014年7月から始まり、まだ続いています)。自宅にあった蔵書を柏キャンパスに運び、一冊一冊読んだ痕跡がないか確認し、傍線が引かれたり、しおりが挿まれていたりしたのが見つかるごとに、記録していきました。このような大規模で持続的な研究ができたのは、日本文学研究で長い歴史と実績とを持つ二松学舎大学であればこそ、と言えるでしょう(共同研究は、二松学舎大学東アジア学術総合研究所の支援を受けたもので、題目は、「現代文学芸術運動の基礎的研究――大西巨人を中心に」、メンバーは、石橋正孝・齋藤秀昭・坂堅太・田代ゆき・田中正樹・橋本あゆみ・山口直孝です)。2015年からは公開ワークショップ「大西巨人の現在」を開催し、中間報告を行い、さらに毎回ゲストを招き、大西巨人について語ってもらいました。本書は、「大西巨人の現在」の講演や発表を採録したものでもあります。
 本書は、Ⅰ~Ⅳの四部構成です。「Ⅰ 大西巨人の現在――さまざまな眺め」は、公開ワークショップの講演を収めました。光文社で巨人の担当編集者だった浜井武氏、舞台版『神聖喜劇』の脚本を手がけた川光俊哉氏、日本古代文学研究者の多田一臣氏、批評家の絓秀実氏の四氏がそれぞれの立場から巨人を、また『神聖喜劇』を語っています。興味深いエピソードや実感的な作品観が披露されており、さらには大西巨人文芸の孕む問題点も指摘されています。「Ⅱ 革命的知性の小宇宙(ミクロコスモス)――大西巨人の蔵書の世界」では、蔵書調査の経緯と主要蔵書の紹介とを行っています。「大西巨人主要蔵書解題」は、『縮刷緑雨全集』など重要と思われる四十五点を選び、書き込みや傍線などの痕跡を画像で示しながら、巨人の関心のありかを説明したものです。大西巨人の読書の広がり、あるいは深みの一端を示しました。「Ⅲ 享受と創造――大西巨人をめぐる考察」は、共同研究のメンバーによる考察。ドイツ思想史の竹峰義和氏にも加わってもらい、巨人文芸における諸文献の受容を踏まえて同時代的および今日的意義を論じています。「Ⅳ 大西巨人書誌」は、齋藤秀昭による単行本書誌です。単行本について、発行部数を含めた諸情報を記載した、初めての本格的な書誌になります。
 今後の研究のために基礎的な情報を示すこと、また、作家・作品のとらえ方について一歩踏み込んだ解釈を行うことに努めました。意図がどれぐらい達成できたか、判断は読まれる方に委ねたいと思います。

学生のみなさんへ

 文学研究にはいろいろな領域があります。作品を精読し、魅力を見つけることが柱となることはもちろんですが、特定の歴史的時空における意義を具体的にとらえていくには、地味な調査が必要なことがあります。本書から、基礎的な作業の大変さと楽しさとを感じてもらえるとうれしいです。
 大西巨人は、読書の人でした。古今東西の書から知識を得、そこから現実と向き合う勇気と力とを作り出していきます。蔵書調査は、大西巨人の教養形成を探る上で貴重な機会でした。単調で忍耐を要する仕事ですが、大西巨人文芸の創造の源泉が突き止められただけでなく、本との向き合い方を体感的に学べることができたことも収穫でした。共同研究のメンバーが味わった喜びがみなさんに少しでも伝わることを願っています。 (山口直孝)

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