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著書紹介

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『柿本人麻呂』(人物叢書 288)

  • 著者:多田一臣(二松学舎大学文学部)
  • 出版社:吉川弘文館
  • 四六版、244頁、2,100円+税
  • ISBN:978-4642052818
  • 発売日:2017年6月1日

著書の内容

 人物叢書は、日本歴史学会が編集する叢書で、歴史の上に大きな足跡を残した人物について、その生涯をたどることを目的とする評伝のシリーズである。すでに三百冊近くが刊行されている。  今回、私が執筆依頼を受けた柿本人麻呂は、これまでこの叢書が取り上げてきた人物とは大きく異なるところがある。人麻呂は、実在の人物ではあるが、その生涯はまったくの謎に包まれ、唯一の伝記資料である『万葉集』においても、すでに人麻呂は伝説的な存在とされているからである。
 人麻呂が和歌史の上に果たした役割は、実に大きい。長歌の様式を完成させたことが、その第一の功績だが、枕詞や序詞などの修辞に工夫を加え、新たな詩語(歌言葉)を発明するなど、和歌の表現史を転換するような重要な役割を果たした。まことに『万葉集』最大の歌人と称されるにふさわしい。
 とはいえ、評伝を記すにあたり、伝記資料の決定的な欠落は、如何ともしがたい。いつ生まれ、いつ死んだのかもわからない。持統朝の官人であったことは確かだが、六位以下の下級身分であったらしく、どのような職掌についていたかの記録もない。
 そこで、この本では、人麻呂の和歌を中心に据え、制作の背景となった諸事情を、当時の政治状況などにも触れながら、できるかぎり詳しく述べることにした。とはいえ、私は文学研究者だから、その和歌をいかに読むべきかについても、紙面の多くを割いた。私の読みの方法は、古代の表現を、その背後にある古代人の世界像をあきらかにしつつ読み解いていくところにあり、それを表現論と呼んでいる。この本でも、そうした表現論の視点に立ちながら、人麻呂の和歌を読むことを意図したが、この本の独自性は、そうした読みの実践の中にあるのかもしれない。  もう一つ強調しておきたいのは、「柿本人麻呂歌集」について、現時点での問題点の整理を行ったことである。「人麻呂歌集」は、人麻呂の歌を中心とする歌集だが、他の作者の歌や作者未詳歌も数多く含んでいる。文字表記にも際立った特徴がある。その一方で、成立時期はいつとも知れない。そもそも人麻呂が、この歌集の成立に関与したかどうかもあきらかではない。いわば「謎の歌集」なのだが、この本では、現在、考えられることのすべてについて、一通り触れてみた。
 取り上げた和歌には、現代語訳を付すなどして、読みやすさにも配慮を加えた。この本を手に取っていただき、人麻呂の和歌世界の奥深さを知っていただけるなら、著者として大きなよろこびである。(文学部国文学科 多田一臣)

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