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著書紹介

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動く城

  • 著者:黄順元(ファン・スノン)
  • 訳者:芹川哲世(二松学舎大学文学部教授)
  • 出版社:日本キリスト教団出版局、2010年10月20日発行
  • B5版 512頁 2,940円(税込)
  • ISBN978-4-8184-5514-6

作品の内容

 『動く城』(1973)は農業技師であるジュンテ、伝道師を経て牧師になるが、教会から追放されるソンホ、民俗学者であるミング等、三人の人物を中心に、多様な事件を展開させながら、韓国人の本性が"流浪民根性"であると主張し、自ら流浪民根性の標本のように生きて死ぬジュンテ、若い頃、師の夫人であるホン女史と恋に落ちた記憶を原罪のように胸に秘めながら、あらゆる試練に耐え、誠実な求道者の道を一貫して歩くソンホ、打算的な現実主義者でありながら教会に熱心に通う一方、シャーマニズムの世界に深くはまり込んでは抜け出すミング、この三人の歩む道ははっきりした対照を示しています。しかし韓国人にとってまことの精神の救援とはいったいどういう姿であらわれるのかを効果的に浮き彫りにするために、三人は相互協力する関係で結ばれています。技法面では作品を4部112の場面の短篇に分けたまま進行する興味深い実験を見せています。このような技法は、この作品全体を包んでいる'人間の根元的な孤独'という命題を浮き出させるにも効果的に機能しています。また、幼い少年・少女を主人公に立てた傑出した短篇を数多く発表している作者の、子供たちや女性の心理を描く優れた腕前は良く味わってみる必要があるでしょう。

著者黄順元のこと

 本作品の著者黄順元(1915~2000)は韓国現代小説の一番高い峰に位置する作家の一人として評価されている人物です。簡潔で洗練された文体、小説美学の模範などを示す多様な技法的仕掛、素朴でありながら熾烈なヒューマニズムの精神、韓国人の伝統的な生に対する愛情等を一様に持った作家で、特に彼の作品が例外なく示している、抒情的な美しさは小説作品が追求することの出来る芸術的な成果の一つの極致を実現しています。一方、歴史的な次元に関する関心は、植民地時代から所謂戦後の近代化が提唱される時期に至る長期間の韓国精神史に対する適切な照明があてられています。

読者に考えてもらいたいこと

 様々な宗教が混在する日本と韓国は非常に似たところがあります。巫女(ムーダン)を媒介とした韓国のシャーマニズムは日本人には分かりにくい点がありますが、仏壇や神棚とも別れることができない、あるいは姓名判断をやったり、占いに運勢判断を求めたりする点は、祈福信仰という点ではどちらも変わりません。キリスト教では見えるもの、見えないもの、何であっても、人がその生活の中で、神の位置に据えているものは、みな偶像とみなしています。理性の万能を信じる者は、理性に神の位置を与え、人間中心の思想を抱く人本主義者にとっては人間性が偶像であり、自分の欲望を中心に生きる者は、欲望が偶像であり、唯物論者には物が神になっています。日本には愚かしいまでにご利益をかかげた多くの新興宗教や既存の宗教がありますが、我々は何を自分の神として生きているのでしょうか? (文学部国文学科 芹川哲世)

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