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著書紹介

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『近出殷周金文考釈』第1集 河南省

  • 編者:髙澤浩一(二松学舎大学文学部)
  • 出版社:研文出版 2012年3月10日発行
  • A5版 146頁 本体6,800円+税
  • ISBN978-4-87636-334-6

著書の内容

 中国にあって、出土した殷周時代の青銅器はおびただしい数にのぼっています。20世紀前半までに伝世した青銅器で銘文を有するものは、およそ3500件餘でしたが、1980年代には1万件を超えました。中国社会科学院考古研究所が、1984年から1994年にかけて公刊した『殷周金文集成』は、宋代以来の伝世品から新発見のものまで、その全貌を収録したもので、その総数は12113件でした。

 本書があつかう銘文の範囲は、その『殷周金文集成』公刊以後に所在が判明したものです。また、本書に収録した銘文のほとんどが、これまで日本語による釈読が十分に行われていないものです。

 近年、青銅器は科学的な方法により発掘され、研究機関や博物館等に収蔵されたものがあるとともに、それらとは別に、中国の国内で新たに存在が判明したものや国外で見つかったものなどがあります。それらの銘文は、多くの場合、出土の時期も土地も明記されぬままに突如として報告されます。本書は、発掘品のみならず、出現事情の不明なものをも含めて、あらたに見つかった青銅器銘のすべてに考釈を加えるという作業の成果を公表しようとするものです。タイトルに「近出」を題した所以です。 近年に出現した青銅器銘を読むことのねらいは、次の3点です。

  1. 1.殷周青銅器銘文の資料を網羅的に整理して、近年の増加分を追加し、資料の総体を把握する。
  2. 2.銘文釈読における従来の解釈を再検討し、釈読を精密化する。
  3. 3.新資料の銘文内容から、殷周時代に関する知見を拡充する。

 本冊に収録した銘文は、研究資料あるいは史料としての価値という点を考慮して、銘文字数が20字以上のものに限定しました。考釈にあたっては、過去の字義や語義の解釈を再検討し、精確な釈文を作る作業をとおして、考釈研究を一段と深めるように努めています。従来の釈読は、個別の銘文について論じられることが多かったのに対して、本研究では諸家の論点を比較検討するとともに、出土地及び同時出土銘文を考慮して銘文の解釈と史的位置づけの妥当性から解釈の精度を高めるように努めました。

  1. (1)配列の原則

     銘文の配列順序は、同一地点から出土したものを関連して考察できるように出土地を優先順位の第一としています。優先順位の第二は、青銅器の製作時期としました。同一地点内では、製作時期順を優先させました。従って、地点ごとにまとまるとともに、時期の古い銘文から順に並ぶようにしてあります。ただし、青銅器の製作時期は、西周早期、西周中期という程度の推定であるところから、精確な製作順にはできないので、作器者名の同じのもの、あるいは関連するものを連続するように配列しています。
    また、出土地が不明の青銅器のうち、銘文の内容上、河南省に存在した国族の銘文及び河南省出土銘文と一連のものであることが明白な銘文を本冊に収録しました。

  2.  (2)個別の銘文は、次の項目にしたがって整理しています。
    〈時期〉
    青銅器の製作時期。多くは、報告者の推定に従っています。異説のある場合には、簡略に説明したり、論じたりしています。
    〈出土〉
    発掘報告等の著録に明記されている場合、それによって、出土年と出土地を記載しました。
    〈現蔵〉
    著録に明記されている場合に、記載しています。
    〈銘文拓影〉
    著録から採録しました。原寸で掲載することに努めましたが、拡大あるいは縮小したものがあります。
    〈器影〉
    著録から採録しました。写真がない場合は、模写図を掲載しました。
    〈隷定〉
    主に拓影と著録に掲載の釈文によって、楷書に置き換えました。ただし、人名、地名などの固有名詞は、金文の字形のままにしたものがあります。また、隷定字に異説がある場合及び既存の著録と異なる隷定字を定めた場合は、〈註釈〉において論じています。
    〈通読〉
    隷定に基づいて、漢文訓読体で書き下しました。
    〈註釈〉
    語句の註釈を述べました。著録に見える解釈は、考釈の参考としたものについて、その要点を記載しました。
    〈器の時期、同時出土器、文字、書法など関連事項〉
    銘文釈読以外のことがらで、資料としての意味を考察する上で参考となることを適宜に採りあげて記述しました。
    〈著録〉
    銘文を最初に記録した書籍・定期刊行物及びその後に記録した主な刊行物を記載しました。
    〈担当者〉
    考釈を担当した者の氏を記載しました。

研究作業

 本冊を編むことに従事した研究母体は、元来、1993年に組織された浦野俊則先生を座長とする金文読書会です。この組織を元として、2008年に二松学舎大学東アジア学術総合研究所の共同研究「近出出土殷周時代青銅器銘文の考釈」として認定を受けて、新たに「近出殷周金文研究プロジェクト」チームを結成し、近出出現銘文に焦点を当てて、釈読と資料整理にあたったものです。このプロジェクトチームによる研究方法は、はじめに、対象となる銘文を選別し、1件ごとに釈読の責任分担者を定め、各自が釈読作業を進めました。それぞれが各種著録上の隷定や註釈を参考としつつ、拓影と比較検討して、隷定を定め、通読し、語句の註釈を行い、その結果を全員による検討の場において釈読の精度を上げるという方法で進めました。

殷周時代青銅器の銘文(金文)の釈読に関しては、宋時代以来の永い歴史があります。特に清朝時代晩期から多くの論述があり、着実に進歩してきました。その経緯を振り返ってみると、銘文の文字や語句の意味を古文献の用例や古辞書の語彙を利用して読解することとともに、銘文中の地名や人名の関連性を利用して銅器群を構成して考察する方法が行われてきました。それが新中国が成立した頃以降、考古発掘が盛んとなり、出土状況の明白な青銅器が急速に増加し、銘文数も著しく増加しています。このことによって、銘文の解釈も同時出土品の中に位置づけて、考察できるようになっています。また、青銅材料の含有物分析によって産地を推測することも行われるというように研究方法が多様化しました。しかし、銘文集成書は、依然として、品種ごとの字数順で配列されている場合が多く、それは、銘文の検索には便利ですが、関連器をまとめて見ることができないという不便さとなっています。本冊が、出土地点ごとに配列したのは、このような状況を踏まえて、同時出土器を一括して扱うことによって、銘文の持つ意味を考察する際の便宜をよくしようという意図に基づくものです。

読者へのメッセージ

 中国における近年の古代遺蹟発掘と、その考古学上の研究成果は、目を見張らせるものがあります。中に就いて、青銅器発掘による古代史研究及び文字学への役割りと意義には、極めて大なるものがあります。たった一つの青銅器の発掘によって、古代研究の様相の一変し、一朝にして従来の学説が書き換えられることもあります。古代研究には、それだけ大きな夢とロマンが在ると言って過言でありません。

本来、文字学というものは、独り歩きすべきものでなく、あくまで古典語としての相互の関係の中で初めて成り立ちます。つまり、我々の研究が、青銅器銘を読むことにおいて、正しく根元的であらねばならないことを研究目標に据えていることの意義がそこにあることをお伝えしておきます。(文学部中国文学科 髙澤 浩一)

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